貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜
なんだか違和感がある。詩乃は、頭の中で整理した。
そもそも、明人は何に悩んでいるのだろう?
断る理由がないなら、転勤は受け入れればよいだろう。
少なくとも以前は、転勤を打診されれば受け入れようと思っていたのだから。
しかし最近になって、小説家として身を立てる選択肢が出てくる。
安定した職を辞めて、転勤を断ってまで。
だがそもそも、転勤しようがしまいが小説はどこでも書けるのではないだろうか。
夢のために、職を捨てようか悩んでいる……というふうには、見えない。
それならなおさら、別に転勤に関して悩む必要はないはずだ。
「わたし、明人くんがどうして悩んでるのか、わからないかも」
他にも事情があるのだろうか。だとしたら、それは一体?
詩乃の心にちらりと、甘い期待がよぎった。
この生活を——二人で穏やかに過ごす時間を、手放したくないから、だったとしたら。
詩乃にとって、そんなに嬉しいことはない。
でも……。詩乃は、都合の良い期待をすぐさま頭から振り払った。
付き合っているわけでもない。ましてや、明人が詩乃のことを女性として意識しているとすら思えないのだ。