貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜

「それじゃ、へへ、すんませんでしたぁ……」

 なんとかかんとか言いながら、ナンパ男はすたこら逃げていく。

 男がいなくなったのを確認して、詩乃はほっと一息ついた。

 彼が、すっと詩乃から距離をおく。

「すみません。勝手にあなたに触れてしまいいました」

 "素敵な彼"が、突然"スーパーの人"に戻る。

 艶のある声に熱のこもった視線は、急に平熱に戻った。

「いえいえ、そんな。ありがとうございます! おかげで本当に助かりました」

 詩乃は、思わずペコペコと頭を下げた。

 親切にしてもらった嬉しさと、ノリノリで演技してしまった照れが入り混じる。

 彼は何事もなかったかのように、無表情で小さく会釈した。

「いえ。ああ、申し遅れました。私は、真壁明人(まかべ あきと)と申します」

 淡々としている。さっきまでの、濃密な色気は吹き飛んでしまった。

 完全に、"素敵な彼"になりきってくれていたらしい。

「わたしこそ!早瀬詩乃です。あの、いつも、駅前のスーパーで会いますよね」

「そうですね」

 真壁さん——詩乃は、さっそく彼の名前を覚えた。営業のときのクセだ——は、淡々と答えた。

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