貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜


 脳内で冷静にツッコミながらも、一応カノジョっぽい表情を作る。

 見上げるような長身の彼の顔を見て、なんだかすごく美形だなぁと感心した。

 人の容姿に興味のない詩乃にはピンと来ないが、さぞかしモテるのだろう。

「あっ、そっすか、付き合ってらっしゃるんですね、へへっ」

 さっきまで詩乃を舐めるように眺め回していたナンパ男は、しゅんと小さくなってオドオドし始めた。

(でもありがたい! めっちゃ親切じゃん、スーパーの人!)

 彼自身に、下心がないのは間違いない。

 もしこの「スーパーの人」が詩乃をナンパするつもりだったのなら、これまでにとっくに声をかけられていたはずだ。

 彼の下心のなさに気づくと、一気に嬉しさが湧いてきた。

 純粋な親切心ほど、ありがたくて幸せな気持ちになるものはない。

「そういうこと。わたし、素敵な彼がいるの」

 詩乃が、彼の腕を取って可愛らしく言う。

 実際にはほとんど知らない男性だが、こういうときはノるしかない。

「だめでしょう。私のそばを離れては」

 "素敵な彼"の、囁くように優しい声。

 完全に、甘々な恋人になり切ってくれている。

 クールな外見に似合わず、意外とノリが良い。

「ごめんなさい、あなた。もう離れないわ」

 詩乃は小首を傾げて、甘えるように言った。

 彼の方もノってくれたのだ。

 全力で「可愛いカノジョ」のフリを楽しまないと、もったいない気もする。
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