貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜

愚かなひと

「女の子を!? 部屋まで!? 送った!? お前が!?」

 大衆割烹の個室に、素っ頓狂な声が響く。

"お前"と呼ばれた男性ーー真壁明人は、顔色ひとつ変えずに頷いた。

「はい」

「送って!? それで、どうした!?」

「どうもしませんよ」

「どうもしないわけがあるか!」

「いや、どうもしません」

 ジョッキのビールをひっくり返しそうな勢いで追求するのは、明人の元同期で親友。石橋勇悟(いしはし ゆうご)。

 明人が勤めるメガバンク——帝都銀行——を、しばらく前に辞めたところだ。

「あの明人が女の子に声をかけたなんて言うから、ついに春が来たのかと思ったら」

 箸を伸ばしていた舟盛りをつつくのも忘れて、勇悟が言う。

「違います。不審者が女性に絡んでいるようだったので、適当に配偶者のフリをして追い払っただけです」

 明人は、あっさりと説明してからウーロン茶を一口飲んだ。

 先日の、詩乃との出会いを何気なく話した途端にこれだ。

「適当にって。そんなの、女の子の方は期待しちまうだろ」

 勇悟が、明人の顔を盗み見て言う。

 同期として入社してから、明人はもっぱら憧れの的だった。

 入社して間もない頃から、大規模なプロジェクトチームに異例の抜擢。

 十年目以降のベテランに混じって、新規システムの開発・既存システムの刷新で、次々と成果を出していった。

 本人は、淡々と求められる役割を果たすだけ。それが一層、女性社員たちのハートに響いた。

 そのモテることといったら、勇悟がいた支店にまでウワサが聞こえるくらいだった。

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