貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜
「ま、まあ……お金のことはいいとして……」
経済的な不安がないなら、それはそれでなによりだ。
しっかり者の明人のことだから、その辺りは既に算段があるのだろう。
「で、でも……えっと。なにも明人くんが辞めなくても、わたしが着いていくって選択肢も、あったんじゃ……」
一般的には、これが多数派の選択肢になるだろう。
「どうしてですか? あなたは今の職場が気に入っているのに」
当然だと言わんばかりに、明人が言う。
「もちろん、そうだけど……」
確かに、その通りだ。
新卒で勤めた会社で失意を経験してから、今の職場に巡り合った。
ここでの仕事を好きになれたし、ここで働く自分を好きになれた。
そう簡単には、離れたくないと思える職場だ。
「正直……もし着いてきてくれって言われたら、苦しんだと思う」
明人と離れることは考えられない。しかし、今の職場と暮らしをあっさりと捨てることは出来ない。
「そうでしょう。あなたの職場は、辛い経験を経てあなた自身で選んだ大切な場所のはずです」
詩乃の小さな肩に手を置いて、明人はとうとうと語った。
「あなたの姿を見て、あなたを好きになって、私は変わったんです。ただ選ばれてそこにいるだけではなく、自分で選んだ仕事をしてみようと」
これまでにないくらい、明人は生き生きと語っている。
「それって……」