貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜
「おいしそう〜……」
1時間ほどで、小さなローテーブルには二人分の料理が所狭しと並んだ。
チキンソテー、ポトフ、ライス。
品数は少ないが、どちらも丹念に作ってある。
コンロが二口しかないので、どうしても作れるものは限られてくる。
一人暮らしの家に食器は多くないのもあり、品数を絞って正解だった。
と、明人はひとり心の中で頷いた。
「どうぞ、召し上がってください」
「いただきます!」
詩乃が、待ってましたとばかりにフォークを手に取る。
大きめに切られたチキンソテーの一切れを口に運び、咀嚼し、目をぱちくりさせた。
「どうですか」
「天才シェフ……?」
「お口に合ったととらえてよろしいでしょうか」
皮はパリッと香ばしく、中はジューシーに柔らかく仕上がっていた。
ハーブの薫りと、ほどよい塩気がマッチしている。
仕上げにオーブンで油を落としているからか、鶏もも肉の脂っこさもない。
肉を焼いただけのシンプルな料理だからこそ、細かい技術が光っていた。
「これ、高級地鶏とかじゃないんだよね?」
「そこのスーパーで買った普通の鶏もも肉ですよ」
笑いそうになりながら、明人は淡々と答える。
「な、なんでこんなにおいしく……」
実際のところ、詩乃にとって
「新しくできたお友達が、自分のために作ってくれた」
という事実が、味に補正をかけていたのだろう。
とはいえ、こんなに喜ばれて悪い気はしない。
「こちらのポトフもいただきます!」
「どうぞ」
スプーンですくって口に運ぶなり、詩乃がまた目をぱちくりさせる。
「千年に一度の天才シェフ……?」
「シェフではないですね。少なくとも」
明人は思わず笑ってしまった。
大袈裟な褒め言葉なのに、真剣さを感じる。
少なくとも、詩乃の感動は伝わってきた。
「すごい。わたしの知ってるポトフと違う! おいしすぎる」
「手間は少しかかりますが、簡単ですよ」
具材にしっかり焦げ目をつけるとか、香味野菜の香りを活かすとか、色々と工夫は凝らしている。
確かに、スーパーで買える平凡な食材を使った料理の、最大の美味しさは引き出せているかもしれない。
二人はああだこうだと話しながら、食事を楽しんだ。