貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜

「明人さんは、仕事楽しい?」

 そうであったらいいなと思いながら、詩乃は明人の顔を見る。

「楽しい……とは、思ったことがないですね」

 考えもしなかった、とでもいいたげな表情で、明人が言う。

「大きな仕事を終えて、やれやれと落ち着くことはあります。が、楽しいかというと……」

 つい先日も、帝都銀行のシステムを刷新する大規模なプロジェクトが終わったばかりらしい。

 口ぶりからすると、どうやら明人はその中で大きな役割を果たしていたようだ。

 彼がそれを、自分から言うことはなかったが。

「すごいなあ。本当に天才って感じ」

 あのメガバンク、帝都銀行に勤めてるだけでもエリートだもんな、と、詩乃はちらりと思う。

「周囲からは、そのように評価されているようです」

 明人は、なんでもなさそうに言った。

「おかげで、転勤になりそうで。本社の経営企画部に来いと、前々から打診されています」

「えーっ」

 詩乃は、素っ頓狂な声をあげた。

「転勤しちゃうの?」

「ええ、おそらくは」

 今ふたりがいる地方都市から、都内のど真ん中にある本社は遠い。

 新幹線でも二時間の距離だ。

 引っ越してしまったら、もう会うことはないだろう。

「そんなぁ。せっかくお友達になれたのに」

 詩乃が、残念そうに唇を尖らせる。

「経営企画部って、どんなところなの?」

「社長直属の部署です。経営の舵取りを担いますが、上層部と開発チームのパイプ役でもあります」

 社長直属で、経営の舵取りを担う。

 間違いなく、社内でもトップ層の人材が集まる部署だろう。

 次の役員候補が集められるのかもしれない。

 メガバンクの内情はまったく知らないが、詩乃はなんとなくそう捉えた。

「いわゆる、栄転とかいうやつですね。社長が私を直属部署に配属しろと言っているらしくて」

 明人が気だるげに言う。

 自分の栄転にも、周囲から天才と評されることにも、全く興味がなさそうだ。

 一緒に料理をしているときの方が、よっぽど楽しそうだった。

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