貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜
「あー、転職して良かったなあ」
しみじみと、詩乃は言った。
「あのまま続けてたら、わたし、自分のこと嫌いになってた」
ぽつりとこぼした詩乃の一言には、実感がこもっていた。
「と、いうと?」
「んー」
詩乃が、少し目線を落として言葉を探す。
よほど、前職で嫌なことがあったのだろうか。
いつもキラキラした笑顔で溢れる詩乃の表情が、翳った。
「ちょっと、妬まれちゃったみたいでさ。いじめられたとかでは、ないんだけど」
明人が、黙って頷く。表情は変わらないが、耳を傾けてくれているのは分かった。
「特に、何かされたとかではないんだよ? でも……プレッシャーに負けて、追い詰められちゃって」
明人は、ずっと黙って頷いていた。
詩乃が、心の奥の弱い部分を見せ始めている。そんな気がした。
「そのうち……自分らしく働けなくなってきて。逃げるように辞めちゃった」
そう言って笑った詩乃の顔は、寂しげだ。
「よく頑張りましたね」
「えっ?」
明人の一言に、詩乃が意外そうにぱっと顔を上げる。
「自分らしくいられなくて、辞めたんですよね。つまり、詩乃さんには確固たる『自分』があるということです」
明人が端正な顔の表情を変えないまま、淡々と言う。
「それは、逃げではないと思いますよ。立派な選択です」