貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜


 語り口はドライだが、声はとても優しい。

 低いバリトンボイスが、励ますように甘く響いた。

「まあそもそも、逃げても構わないとは思いますが」

 仕事なんてどんどん変えればいい、とでも思っていそうな横顔だ。

 詩乃は、目をぱちぱちさせて明人の顔を見た。

 こんなことを言われたのは、初めてだ。

 上手く言えないが、なんだか受け入れてもらった気がする。

「ありがとう」

 すると、明人は少しだけ微笑んだ。

「あ。笑顔が戻りましたね」

「え、やだ。そんなに暗い顔してた?」

 ちょっと恥ずかしくて、両手にぱっと手を当てる。

「まあ、詩乃さんにしては」

 詩乃の慌てた様子に、明人は苦笑している。

「そう言う明人くんこそ、なんか可愛い顔してる!」

「どういう顔ですか」

「柔らかいっていうか、優しいっていうか。可愛い顔」

「可愛くはないでしょう」

「可愛いんだよ。かえるちゃんみたいで」

「蛙……? 両生類の?」

「かえるちゃん! 両生類の、じゃなくて、ほっこりした絵本に出てくるイメージだよ!」

 ひとしきり、二人で笑い合う。

 可愛いと言われることのない明人は、不思議と悪い気はしなかった。
 
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