貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜


「ううん。辞めて、良かったんだ」

 詩乃が、顔を上げた。

「明人くんも、言ってくれたよね。逃げじゃなくて、自分で選んだことだったんだって」

 詩乃の声に、溌剌さが戻ってくる。

「本当に嫌だったのは、今の職場を、なんの疑いもなく誇れなかったことだ」

 少し震える声で、詩乃は言い切った。

 今の職場。決して有名企業ではないし、大金を動かす仕事でもない。

 それでも。確かに、詩乃が自分らしく働ける場所だ。

 そんな居場所を、詩乃はもう見つけていたのだ。

「大丈夫ですよ」

 目の輝きが戻ってきた詩乃に、明人が優しく語りかける。

「あなたの誠実さは、みな知っています」

 冷えていた詩乃の手を、明人は慰めるように握った。

「だからこそ、今の職場が好きなんでしょう?」

 明人の声は、限りなく優しい。

 賢そうな印象を与える眼鏡の奥で、明人の瞳は暖かい視線を詩乃に注いでいた。

「うん……うん……!」

 繋いだ手をぎゅっと握り返しながら、詩乃がこくこくと頷く。

「スッキリしちゃった。明人くん、ありがと!」

 弾けるような笑顔を見せると、明人はなぜか、さっと目を逸らした。

 すぐに向き直り、詩乃と目が合う。

 見詰めてくる明人の瞳は、潤んだように熱を帯びていた。

 力強い腕が伸びて、詩乃の体を捕まえる。

「……!」

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