貴女だけが、私を愚かな男にした 〜硬派な彼の秘めた熱情〜

近づく距離


 「色々、思い出しちゃって」

 全て語り終わった詩乃は、ぽつんと呟いた。

 膝を抱えて、ちょこんと座ってうつむいている。

 頬には、涙の跡が光っていた。

「大切なお客様を"金づる"として見ちゃった自分が嫌で」

 ぽつぽつと話し続ける詩乃。

 明人は、ただ黙って耳を傾けている。

「これって、ただ逃げ出しただけなんじゃないかなって……」

 言いながらも、語尾が曖昧に濁っていく。

 詩乃自身も、まだ自分の気持ちを整理しているのだろう。

 もし、あのまま頑張っていたら。

 もし、陰口すら届かないほどの素晴らしい成績を上げていれば。

 もし、あの職場の全員から認められていたら。

 詩乃は、自分らしくいられたのだろうか。

< 70 / 223 >

この作品をシェア

pagetop