ここまでコケにされたのだから、そろそろ反撃しても許されますわよね?
 燭台に立てられた蝋燭の数々が、風もないのに揺らめき始める。
 揺れ動く長い炎は、アンドレアの影を蠢くように壁に映し出した。

「ローデリカ……」

 拳を振り上げたまま、ケラー侯爵が亡き母の名前を口した。
 その顔は驚愕に満ちている。

「その手は何? わたくしを殴ろうとでもいうの?」

 突然アンドレアの口から、思いも寄らない言葉が飛び出した。
 それどころか体を自由に動かせない。
 ひとりでにピンと背筋を伸ばすと、アンドレアは意図せず冷ややかな視線を向けた。

「いい加減になさい。貴方は人の上に立つ器ではないと、一体いつになったら気づくのかしら?」
「くっ……」

 委縮したように、ケラー侯爵は弱々しく拳を降ろした。
 その腕はみっともないくらい、小刻みに震えてしまっている。

「それに、あのときあれほどアンドレアの笑顔を守れと言ったのに……わたくしの夫は、死に際の妻との約束も守れない無能だったということね」
「ち、違うんだ、ローデリカ! 俺はアンドレアのためを思って……!」

 言い募ろうとするケラー侯爵を、アンドレアは冷酷無比なひと睨みで黙らせた。

「そう……そんなにもアンドレアを思っていると言うのなら……貴方もわたくしと一緒に来るといいわ」
「ローデリカ……」

 アンドレアの指先が、触れるか触れないかでケラー侯爵の頬を撫でた。
 その場で膝から崩れ落ちたケラー侯爵は、許しを乞うように床にひれ伏した。

「ローデリカ……許してくれ……ローデリカ」

 気が触れたように、ケラー侯爵はその言葉だけを口にする。
 異様な雰囲気を察し、アンドレアはエリーゼとマリーと三人で思わず目を見合わせた。


 ♱ ♱ ♱


 結局、あのあとケラー侯爵の精神はおかしくなったままだ。
 医師にも見放され、ケラー家の家督はエリーゼの夫が継ぐことになった。
 帰りの馬車の中で、あの時を振り返りアンドレアは物思いに耽っていた。

(お父様を退場させたいとは思っていたけれど、なんだか後味が悪いわね……)

 ケラー侯爵の不正を祖父に報告していたのは本当のことだった。
 処罰に関しても、反省が見られなければ死刑もあり得るとの勧告も受けている。
 穏便に済ませるために、アンドレアは一芝居打つことにした。
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