ここまでコケにされたのだから、そろそろ反撃しても許されますわよね?
 エリーゼが悪阻(つわり)で苦しんでいるときに、この香りで癒されたからと言って置いて行ってくれたものだ。
 可愛らしい天使の仕草は目も(たの)しませてくれる。

「そうね……気分転換に試してみようかしら」

 サイドテーブルの上でキャンドルに火を灯すと、マリーは寝室を出て行った。
 しばらくすると、ほのかにフローラルな香りが漂ってくる。

(苦手な匂いではないわね)

 だいぶ悪阻の症状は落ち着いてきていたアンドレアは、しばらく天使の頭のてっぺんで揺れる炎をぼんやり見つめていた。
 そうしていながらこの頭を巡るのは、やはり今後アンドレアが取るべき行く末だ。

(まずは逃げ出すのか、ここに留まるのか、それを早く決めてしまわないと)

 この理不尽な環境から(のが)れられればそれに越したことはないとは思う。
 だが一時(いっとき)の感情で安易にそれを選択するのは、(かえ)って命取りになり兼ねなかった。
 逃亡先はどうしてもエリーゼたちを頼るほかない。
 かと言って、生涯親子で世話になり続けるのは現実的ではないだろう。
 無意識に出たため息に、キャンドルの炎が不規則に揺らめいた。

「やだ、天使の頭が酷いことになっているわ」

 蝋が溶け、頭頂部が(えぐ)れて陥没してしまっている。
 流れる蝋が顔にかかり、とても見目良い状態とは思えない。
 なんだか天使が可哀そうになって、アンドレアはふっと炎を吹き消した。
 黒くなった芯を残して白い煙が立ち昇る。
 同時に蝋が溶けるとき特有の臭いが鼻を突いた。
 アロマキャンドルとはいえ、煙と混ざるといい香りとはいかなくなるようだ。

(この臭いは……)

 負の感情が混じった既視感に、アンドレアははっとした。
 最近似たような臭いを感じた気がする。
 あれはどこでの出来事だったろうか?
 漂う煙が薄くなっていく中、脳裏に浮かんできた映像にアンドレアはその答えをはじき出した。

「お爺様……」
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