お母さまは魔王さま! ~私が勇者をたおしてお母さまを守ります!~
 アシュリン・レイバートは小さな足を一生懸命に動かし、母である魔王のいる執務室へと走っていた。
「王女さま、そんなに走られては転んでしまいますよ」
 追いかける侍女をはしたなくも走らせているのを申し訳ないと思いつつ、それでも彼女は走らずにはいられなかった。五歳という短い人生の中で、一番がんばって走っている。

 母の部屋の前に来ると重々しいドアに手をかけ、全体重をかけてぐうっと押し開けた。
「お母さま!」
「なんですか、騒々しい」
 王たる母サシャリアーナ・レイバートは、怒るでもなく彼女に声をかけた。

「勇者がお母さまをとうばつするために旅だったって聞きました!」
「まあ、討伐なんて難しい言葉を使えるようになったのね」
 サシャリアーナはにっこりと笑って立ち上がった。金色の髪が揺れ、同じく金色の瞳には慈愛がこもっている。羊のようにぐるぐるに巻いた白い角は今日も美しい。娘であるアシュリンもまた金髪と金の瞳であり、白い角を有していた。

「お母さま、そんなことを言ってるばあいじゃなくって!」
「大丈夫ですよ。母は魔王です。そんな簡単に倒されませんよ。前の勇者だって母を倒すことはできなかったのですからね。そもそもね、勇者と言うのは戦う人ばかりを言うのではありませんよ」

 サシャリアーナはゆったりとアシュリンに歩みより、ぎゅっと抱きしめる。ぬくもりに包まれ、アシュリンは、にへら、と笑って抱きつき返す。母はいつもいい匂いがして温かい。
 サシャリアーナはアシュリンを追って入って来た侍女に目配せをした。侍女は黙って一礼をして退室し、執務室にはふたりだけになった。

「お母さま、勇者をたおす魔剣って、地下にあるのよね? この前見せてもらったやつ」
「魔王を倒す聖剣と一緒にね」
 彼女の余裕の微笑に、アシュリンはほっとした。
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