失恋したので復讐します
一章 失恋


「別れてくれ」
 すれ違いが続いていた恋人から、会おうと誘われた土曜日の昼下がり。
 久しぶりのデートだと喜び、待ち合わせのカフェにやって来てすぐに突きつけられたのは、思いもしなかった言葉──。

 山岸千尋は大学卒業後に大手建築設計会社『御(み)門(かど)都(と)市(し)開(かい)発(はつ)』に入社した。
 都市開発事業本部の建築デザイン部に所属し、建築士の補佐と事務処理を担当している。
 今年で入社八年目の現在二十九歳。中堅社員と呼ばれるようになったが、これといって目立つ成果もなければ大きなミスもなく、目立たず平和に過ごしてきた。
 身長一六〇センチ、体重五四キロ。下がり眉のせいで少し頼りない印象ではあるものの、ほかはこれといって特徴がない顔立ち。
 のんびりした性格で自己アピールも苦手なので、昔から集団の中で存在を忘れられてしまうことが多いタイプだった。
 恋愛も縁遠く、いいなと思う人がいても、経験不足と奥手な性格のせいで行動に移すタイミングを逃してばかり。片思いのまま終了なんてことはざらだった。

 そんな千尋の初めての恋人が、今、冷ややかに別れを告げた辻(つじ)浦(うら)啓人だ。
 啓人は千尋と同期入社。同じ都市開発事業本部建築デザイン部に所属し、一級建築士として華々しく活躍する、社内でも一目置かれる存在だ。長身で韓国アイドルのようなすっきりと整った顔立ちに加えて、社交性が高いのでとてもモテる。
 千尋はいつの頃からかそんな彼を尊敬し、憧れの気持ちを感じていた。だから。
『前から山岸さんのこと、いいなと思ってたんだ。俺たち付き合ってみない?』
 彼から思いがけず告白されたときは心底驚いた。なにかの間違いではないのかと、すぐには信じられないほどに。
『えっ? ……う、嘘(うそ)……』
『嘘じゃないって』
 驚きのあまり口もとを手で押さえる千尋を見て、啓人が優しく笑った。
『で、でもなんで? 私なんて地味で仕事でも目立たなくて……辻浦君とは全然釣り合わないのに』
『そんなことない。俺は山岸さんの堅実な仕事ぶりを尊敬してるよ』
『えっ? そ、尊敬って……辻浦君が私を?』
 啓人が笑みを深めてうなずいた。
『頼んだ仕事を毎回しっかり期待以上に仕上げてくれるだろ? いつも助かってるんだ。たしかに目立たないかもしれないけど、俺は山岸さんのがんばりをわかってるから』
 力強い啓人の言葉が、うれしかった。
 これまでの人生で、こんなに千尋を認めてくれた人がいただろうか。
 しかも、もともと好意を抱いていた啓人の言葉なのだ。
『あ、あの、ありがとう。まさか辻浦君から認めてもらえるなんて思ってもいなかったから……すごくうれしい』
『大げさ。でもそういった山岸さんの控えめなところって好きだな。穏やかで一緒にいると癒やされる』
『す、好き?』
『ああ。だから付き合ってくれる?』
< 2 / 64 >

この作品をシェア

pagetop