失恋したので復讐します
「ありがとう……おいしい!」
「なんだ、食欲あるじゃん」
 穂高がちょっとあきれたように言う。それでいてどこかほっとしたような空気を漂わせているのは、彼なりに千尋を心配してくれていたのかもしれない。
 ちびちび飲みながらおつまみをつまんでいると、徐々に客が入り始めた。
 穂高はほかの客の対応があるので千尋にかまってばかりはいられない。
 でもひとりで飲んでいても心細さや寂しさは感じなかった。
 店内のざわめきをなんとなく聞きながら過ごす時間が、とても落ち着く。
 啓人にふられてからまだたった一週間だが、たくさんのことがあり、とても濃い時間を過ごしている気がする。
 自分を変えて啓人を見返したいという勢いで行動し、前向きな気持ちになってはいるが、体力的には少し疲れている。
 落ち着いたラウンジミュージックを聞いていると、まったりしてくる。
 千尋は目を閉じて左側の壁に体を預けた。
 そのとき「大丈夫ですか?」と声をかけられて、千尋はぱちりと目を開いた。
 カウンターの向こうには穂高と同じ服装をした男性がいて、千尋の様子をうかがっている。
 年齢は三十代半ばから後半くらい。緩いパーマヘアに垂れ目の、優しい雰囲気の人だ。
 彼も穂高と同じくバーテンダーなのだろうか。
(この前来たときは見かけなかったけど……)
「気分が悪いのかと心配でしたが、問題ないようですね」
 男性がほっとしたように微笑む。
「あ、はい。大丈夫です、少し眠かっただけで……」
 ただでさえ、とっさの対応が苦手な千尋は、あたふたしてしまう。
「よかったらなにか作りましょうか?」
 男性は千尋とは真逆の、社交性の固まりのような印象の人だ。
「はい、お願いします」
 彼が醸し出す空気のせいか、初対面の相手と打ち解けるまでに時間がかかる千尋にしてはすぐに緊張を解くことができた。
「お待たせしました。イチゴのモヒートです」
 彼は千尋の前に、赤の色味が美しいカクテルを置いた。
「わあ、綺麗ですね」
 写真に撮って残したいような華やかなカクテルだ。
 甘いお酒を想像していたが、ひと口飲むと口の中に清涼感が広がった。
「思っていたよりすっきりしていておいしい」
 千尋が思わずつぶやいたそのとき、ほかの客の応対をしていた穂高が戻ってきて男性に声をかけた。
「オーナー、佐(さ)々(さ)木(き)さんがいらっしゃいましたよ」
(え、この人このバーのオーナーだったの?)
 千尋は驚き男性を見つめた。
 ここはオフィス街から程近い都心の一等地。相当なお金持ちか、昔からの地主でもないと店を持つのは難しいだろう。
 もっと年上の人がオーナーだというイメージがある。ましてや気軽に接客しているとは思わなかった。
「わかった。後は頼むね」
 オーナーは穂高に対して気さくな態度で答えて、カウンターを出ていく。
「お待ちしていました」
 出入口近くにいた男性に近づき声をかけると、彼とともに店の一番奥のソファ席に向かった。
「なに飲んでるんだ?」
 オーナーを目で追っていた千尋は、穂高の声で前方に視線を戻した。
「あ……イチゴのモヒート。お任せで作ってもらったんだけど、すごくおいしかったよ」
「ふーん。マンゴーとかキウイでも作れるけど飲んでみる?」
「本当? それじゃあお願いしようかな」
「ちょっと待ってて」
 穂高が手慣れた様子で準備を進める。あっという間に美しくて目でも楽しめるお酒ができあがった。
 やわらかな緑が涼しげなキウイのモヒート。
「どうぞ」
「ありがとう」
 目の前に置かれたグラスを、千尋はそっと持ち上げる。
 イチゴもよかったけど、キウイはさらにさわやかだと感じた。オーナーが作ったものよりもアルコールを感じないのは、それほど飲めない千尋のために調整してくれているからだろうか。
「……相川君って、どのくらいここで働いてるの?」
 素人目にはかなり熟練した動きに映る。休日の今日もいるということは、わりと頻繁にシフトに入っているのではないだろうか。
「二年弱かな」
「そんなに前から? 仕事帰りにバイトするなんて大変じゃない?」
「そうでもない、本職にはない魅力があるし」
「たしかに。会社では笑わないけど、ここでの相川君は楽しそうに見える」
「会社では笑うようなことがないからな。毎日あれこれ要求されて、急かされてばかりだ」
「あー、それはあるよね。私も申請書類の作成とか締め日に追い立てられてばかりだよ。でも相川君は要領がいいのか焦っているようには見えないね。残業もほとんどしないで終わらせているみたいだし」
 穂高は啓人のような目立つ実績はないが、仕事の評価は高い方だ。担当業務をきっちりこなしているからだろう。
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