失恋したので復讐します
「手を抜くのがうまいだけ」
「それこそ要領がいい人のセリフだよ。本気を出したらめちゃくちゃ優秀なんじゃない?」
穂高が必死になって仕事をする姿は想像できないが、きっと今の何倍も素晴らしい成果をあげるのではないだろうか。
しかし彼はあまり乗り気ではない様子だった。
「どうだろうな。必死になってまでやりたいような仕事もないし」
「……そうなんだ」
御門都市開発に所属する建築士は会社員ではあるが、自分のデザインにこだわりを持つ職人気質の者が多い。街づくりに関わりたくて建築士の道を選んだという人もいる。
(相川君だって、やりたい仕事があったんじゃないのかな?)
「山岸さんの行動が思ったよりも早いし、近いうちに今後の打ち合わせをしないとな。いつがいい?」
彼はなぜ仕事に対する意欲がないのだろうと気になったけれど、話題を変えられてしまった。
(気が進まない話題だったのかな?)
それなら追及しない方がいいだろう。
「私はいつでも大丈夫だよ。相川君の都合がつく日に合わせるから。今日は進展があったから報告したくて寄ったの。洋服も新しく揃えたから、月曜日から会社に着ていくつもり。少しドキドキする」
啓人は驚くだろうか。同僚たちはどんな反応をするだろう。
「みんな驚くだろうな」
「そう思う? 一番残念なパターンは無反応なんだけど」
「それはない」
穂高が真顔で言うので、ほっとした。
「あとジムに通おうと思ってるんだ。せっかく買った服が似合うように、もっと体を引き締めたくて。相川君はスタイルいいよね。なにかスポーツしてるの?」
千尋は彼の広い肩から引き締まった腰に目を向けた。
「昔はバスケをやってたけど今はこれといってなにも。気が向いたときに走ってるくらいかな」
「ジョギングかー……それもいいけど、うちの近所は大きな公園もないし走るところがないからなあ」
会社の近くには皇居があるので走る場所には事欠かないが、走って汗をかいた後にシャワーも浴びずに電車に乗って帰るのは気が進まない。
「走るとしたら早朝か夜になるよな。最近は物騒だから山岸さんはやめておいた方がいいんじゃないか?」
「そうだよね。やっぱりジムがいいかな」
「そういえばオーナーがこの近くのジムの会員だったな。後で話を聞いてみるか」
穂高は独り言のようにつぶやくと、いつの間に用意していたのかジャムが添えられたチーズを出してくれた。
「ありがとう」
「飲んでばかりだと酔うから」
穂高の中では、千尋がお酒でダウンしたときの記憶が鮮明なのだろう。相当気を配ってくれている。
「ジムを紹介してもらえるくらいオーナーと仲がいいの?」
「まあまあかな。それに誰に対しても面倒見がいい人だから」
「あ、そんな感じがした」
オーナーとはひと言ふた言会話をしただけだが、懐の深さのようなものを感じ取れた。きっと彼はよい上司なのだろう。
「うちの上司も、もうちょっと面倒見がよかったらね」
千尋の上司、建築デザイン部の部長は、物腰はやわらかいが、かなりの事なかれ主義だ。
それゆえ仕事の姿勢も消極的で、いつも失敗をしないような選択をして堅実に結果を出そうとする。
チャレンジングな案件はさらに上で決定したもので、部長が責任を取らなくてよいようなものだけだ。
部下との軋轢も避けようとするので、千尋は彼から怒られた覚えがない。一方で励まされることや、アドバイスをもらう機会もなかった。
面倒がなくてやりやすいが、はっきりいって頼りない。
「あの人に期待するだけ時間の無駄だ」
穂高は完全にあきらめているようで、ドライな反応だ。
「そうだよね……」
「無事定年を迎えることしか考えてないような人だからな。部長になったのだって運がよかっただけで、部下をまとめられる力なんてない」
冷ややかな穂高の言葉に、千尋は引きつった笑みを浮かべた。
「相変わらず毒舌だね」
「事実だから」
穂高は平然と答える。
(相川君は部長が嫌いなのかな)
穂高のクールな横顔を眺めながら、そんなことを考える。
「ビジュアル面の計画は万全だな。あとは仕事か」
「うん。それは日頃の業務をがんばるしかないかなって」
「いや、それは無理だろ。あの部長は目立つ成果しか評価しない」
「そうだけど、私みたいなサポート役が目立つのは難しいよ」
穂高がわかっているというようにうなずいた。
「年度末のコンペに参加するのは?」
「えっ、私が?」
思いがけない提案に、千尋は目を丸くした。
穂高が言っているのは、二年に一度行われる社内コンペのことだ。
「それこそ要領がいい人のセリフだよ。本気を出したらめちゃくちゃ優秀なんじゃない?」
穂高が必死になって仕事をする姿は想像できないが、きっと今の何倍も素晴らしい成果をあげるのではないだろうか。
しかし彼はあまり乗り気ではない様子だった。
「どうだろうな。必死になってまでやりたいような仕事もないし」
「……そうなんだ」
御門都市開発に所属する建築士は会社員ではあるが、自分のデザインにこだわりを持つ職人気質の者が多い。街づくりに関わりたくて建築士の道を選んだという人もいる。
(相川君だって、やりたい仕事があったんじゃないのかな?)
「山岸さんの行動が思ったよりも早いし、近いうちに今後の打ち合わせをしないとな。いつがいい?」
彼はなぜ仕事に対する意欲がないのだろうと気になったけれど、話題を変えられてしまった。
(気が進まない話題だったのかな?)
それなら追及しない方がいいだろう。
「私はいつでも大丈夫だよ。相川君の都合がつく日に合わせるから。今日は進展があったから報告したくて寄ったの。洋服も新しく揃えたから、月曜日から会社に着ていくつもり。少しドキドキする」
啓人は驚くだろうか。同僚たちはどんな反応をするだろう。
「みんな驚くだろうな」
「そう思う? 一番残念なパターンは無反応なんだけど」
「それはない」
穂高が真顔で言うので、ほっとした。
「あとジムに通おうと思ってるんだ。せっかく買った服が似合うように、もっと体を引き締めたくて。相川君はスタイルいいよね。なにかスポーツしてるの?」
千尋は彼の広い肩から引き締まった腰に目を向けた。
「昔はバスケをやってたけど今はこれといってなにも。気が向いたときに走ってるくらいかな」
「ジョギングかー……それもいいけど、うちの近所は大きな公園もないし走るところがないからなあ」
会社の近くには皇居があるので走る場所には事欠かないが、走って汗をかいた後にシャワーも浴びずに電車に乗って帰るのは気が進まない。
「走るとしたら早朝か夜になるよな。最近は物騒だから山岸さんはやめておいた方がいいんじゃないか?」
「そうだよね。やっぱりジムがいいかな」
「そういえばオーナーがこの近くのジムの会員だったな。後で話を聞いてみるか」
穂高は独り言のようにつぶやくと、いつの間に用意していたのかジャムが添えられたチーズを出してくれた。
「ありがとう」
「飲んでばかりだと酔うから」
穂高の中では、千尋がお酒でダウンしたときの記憶が鮮明なのだろう。相当気を配ってくれている。
「ジムを紹介してもらえるくらいオーナーと仲がいいの?」
「まあまあかな。それに誰に対しても面倒見がいい人だから」
「あ、そんな感じがした」
オーナーとはひと言ふた言会話をしただけだが、懐の深さのようなものを感じ取れた。きっと彼はよい上司なのだろう。
「うちの上司も、もうちょっと面倒見がよかったらね」
千尋の上司、建築デザイン部の部長は、物腰はやわらかいが、かなりの事なかれ主義だ。
それゆえ仕事の姿勢も消極的で、いつも失敗をしないような選択をして堅実に結果を出そうとする。
チャレンジングな案件はさらに上で決定したもので、部長が責任を取らなくてよいようなものだけだ。
部下との軋轢も避けようとするので、千尋は彼から怒られた覚えがない。一方で励まされることや、アドバイスをもらう機会もなかった。
面倒がなくてやりやすいが、はっきりいって頼りない。
「あの人に期待するだけ時間の無駄だ」
穂高は完全にあきらめているようで、ドライな反応だ。
「そうだよね……」
「無事定年を迎えることしか考えてないような人だからな。部長になったのだって運がよかっただけで、部下をまとめられる力なんてない」
冷ややかな穂高の言葉に、千尋は引きつった笑みを浮かべた。
「相変わらず毒舌だね」
「事実だから」
穂高は平然と答える。
(相川君は部長が嫌いなのかな)
穂高のクールな横顔を眺めながら、そんなことを考える。
「ビジュアル面の計画は万全だな。あとは仕事か」
「うん。それは日頃の業務をがんばるしかないかなって」
「いや、それは無理だろ。あの部長は目立つ成果しか評価しない」
「そうだけど、私みたいなサポート役が目立つのは難しいよ」
穂高がわかっているというようにうなずいた。
「年度末のコンペに参加するのは?」
「えっ、私が?」
思いがけない提案に、千尋は目を丸くした。
穂高が言っているのは、二年に一度行われる社内コンペのことだ。