失恋したので復讐します
ところが理沙は千尋がとぼけていると思ったのか、顔をしかめた。
「辻浦さんからの仕事の依頼を断っていますよね。そのせいで彼は雑務が増えて業務に支障をきたしているんです。そろそろ社内コンペのアイデアを出さなくてはいけないのに、そんな余裕もありません」
「……雑務って、もしかしてセミナーの申し込みとか?」
「それもあります。私と辻浦さんで出席するはずだったのに、山岸さんは辻浦さんの分だけ申し込まなかったそうですね。いくらなんでも嫌がらせがすぎます」
「え、待って、私はそんなこと……」
(あのセミナーにやけにこだわっていたのは、葛城さんと一緒に出席したかったからなの?)
だからほかの日では駄目だと怒っていたのだろうか。
(期日内に申し込みをするのを忘れてしまったから、私になんとかさせようとしたってこと?)
そして自分のミスだという事実を理沙には言っていない。それどころか千尋がふられた腹いせに申し込みをしなかったとでも言ったのだろう。
理沙の態度からそうとしか思えない。
「ほかにも申請書の準備がいつもより遅れたり、顧客との打ち合わせに使うイメージ模型を用意していなかったり……数えきれませんよね」
理沙は腕を組んで千尋を睨んだ。身長差によって見下ろされる態勢になる。美人の怒り顔は迫力があり、千尋は気圧されて声が出なくなった。
背中をつうっと汗が伝い下りていく。
事実を言い返すべきだと頭ではわかっている。でも動揺して唇が震えて声が出ない。
「山岸さんは真面目な人だと思っていましたけど、はっきり言って幻滅しました」
「幻滅……」
「いい大人なんですから、公私の区別はしっかりつけてください」
理沙は早口でまくしたてると、唖然とする千尋を置いてトイレから出ていった。
ドアがバタンと乱暴な音を立てて閉まる。まるで理沙の憤りを表しているようだった――。
「後輩に責められたときなにも言い返せなかったんです。自分が情けなくて……」
「いや、それは仕方ないでしょ。急に言いがかりをつけられて言い返せる人の方が少ないよ」
理沙とのやり取りでショックを受けた千尋は、会社を出るとアウロラにやって来た。
心が乱れて真っすぐ帰る気になれず、穂高に話を聞いてもらいたかった。
しかし彼は今日、シフトに入っていないようで、代わりにオーナーの昴流が千尋の相手をしてくれている。
前提になる情報がないのに千尋の愚痴を聞いて返事をしてくれる昴流はとても聞き上手でさすがだと思う。
「ただずっと誤解されたままなのはよくないね。次になにか言われたときに、しっかり反論できるように準備しておくといいかもしれない」
「はい。でも私の言い分を聞いてくれるかな……」
啓人が嘘をついていると訴えても、理沙は千尋よりも啓人を信用しているから、受け入れてくれない気がする。
「難しいかもしれないね。それでも主張しておくのは大事だと思うよ。相手が聞いてくれなくても千尋ちゃんは嘘をついていないんだから堂々としていればいい。その行動が後々役に立つかもしれない」
「そうですね……ありがとうございます。話を聞いてもらったら、気持ちが落ち着いてきました」
昴流の言う通りだ。自分は後ろめたいことなんてしていないのだから、怯(おび)える必要はない。
「ところで穂高は会社で問題があったとき、千尋ちゃんをかばってくれないの? 同じ部署だって聞いたけど」
「ええと、そうですね。一応私の方が先輩なので、相川君が私をかばうような状況にはならないです」
昴流が意外そうな表情になった。
「そういえば千尋ちゃんの方が年上だったんだよね。ふたりを見てるとつい忘れちゃうな」
「私がしっかりしてないからですよね」
千尋は恥ずかしさを感じながら身をすくめた。
「いや、穂高の態度が偉そうなんだよ」
昴流がフォローしてくれるが、がっかりしてしまう。
ため息をついたとき、隣から声がした。
「暗い顔してるけど、なにかあった?」
「え?」
隣に視線を向けた千尋は目を丸くした。
「相川君?」
空席だった隣に、いつの間にか穂高が座っていた。
「どうしたの? 今日は休みなんだよね」
今夜の彼はバーテンダーのスタイルではなく、私服だ。
やわらかそうなモカベージュのニットに、細身のブラックパンツ。シンプルだけどスタイリッシュな印象で彼によく似合っている。
「家で寝てたら昴流さんに呼び出された」
「そうなの?」
思わず昴流を見ると、彼はサプライズが成功したときのようににやりと笑った。
「俺は千尋ちゃんが飲んでるから来たらって言っただけだけどね」
「それで来てくれたんだ……」
(うれしいな)
今日はもう会えないと思っていたから。
「辻浦さんからの仕事の依頼を断っていますよね。そのせいで彼は雑務が増えて業務に支障をきたしているんです。そろそろ社内コンペのアイデアを出さなくてはいけないのに、そんな余裕もありません」
「……雑務って、もしかしてセミナーの申し込みとか?」
「それもあります。私と辻浦さんで出席するはずだったのに、山岸さんは辻浦さんの分だけ申し込まなかったそうですね。いくらなんでも嫌がらせがすぎます」
「え、待って、私はそんなこと……」
(あのセミナーにやけにこだわっていたのは、葛城さんと一緒に出席したかったからなの?)
だからほかの日では駄目だと怒っていたのだろうか。
(期日内に申し込みをするのを忘れてしまったから、私になんとかさせようとしたってこと?)
そして自分のミスだという事実を理沙には言っていない。それどころか千尋がふられた腹いせに申し込みをしなかったとでも言ったのだろう。
理沙の態度からそうとしか思えない。
「ほかにも申請書の準備がいつもより遅れたり、顧客との打ち合わせに使うイメージ模型を用意していなかったり……数えきれませんよね」
理沙は腕を組んで千尋を睨んだ。身長差によって見下ろされる態勢になる。美人の怒り顔は迫力があり、千尋は気圧されて声が出なくなった。
背中をつうっと汗が伝い下りていく。
事実を言い返すべきだと頭ではわかっている。でも動揺して唇が震えて声が出ない。
「山岸さんは真面目な人だと思っていましたけど、はっきり言って幻滅しました」
「幻滅……」
「いい大人なんですから、公私の区別はしっかりつけてください」
理沙は早口でまくしたてると、唖然とする千尋を置いてトイレから出ていった。
ドアがバタンと乱暴な音を立てて閉まる。まるで理沙の憤りを表しているようだった――。
「後輩に責められたときなにも言い返せなかったんです。自分が情けなくて……」
「いや、それは仕方ないでしょ。急に言いがかりをつけられて言い返せる人の方が少ないよ」
理沙とのやり取りでショックを受けた千尋は、会社を出るとアウロラにやって来た。
心が乱れて真っすぐ帰る気になれず、穂高に話を聞いてもらいたかった。
しかし彼は今日、シフトに入っていないようで、代わりにオーナーの昴流が千尋の相手をしてくれている。
前提になる情報がないのに千尋の愚痴を聞いて返事をしてくれる昴流はとても聞き上手でさすがだと思う。
「ただずっと誤解されたままなのはよくないね。次になにか言われたときに、しっかり反論できるように準備しておくといいかもしれない」
「はい。でも私の言い分を聞いてくれるかな……」
啓人が嘘をついていると訴えても、理沙は千尋よりも啓人を信用しているから、受け入れてくれない気がする。
「難しいかもしれないね。それでも主張しておくのは大事だと思うよ。相手が聞いてくれなくても千尋ちゃんは嘘をついていないんだから堂々としていればいい。その行動が後々役に立つかもしれない」
「そうですね……ありがとうございます。話を聞いてもらったら、気持ちが落ち着いてきました」
昴流の言う通りだ。自分は後ろめたいことなんてしていないのだから、怯(おび)える必要はない。
「ところで穂高は会社で問題があったとき、千尋ちゃんをかばってくれないの? 同じ部署だって聞いたけど」
「ええと、そうですね。一応私の方が先輩なので、相川君が私をかばうような状況にはならないです」
昴流が意外そうな表情になった。
「そういえば千尋ちゃんの方が年上だったんだよね。ふたりを見てるとつい忘れちゃうな」
「私がしっかりしてないからですよね」
千尋は恥ずかしさを感じながら身をすくめた。
「いや、穂高の態度が偉そうなんだよ」
昴流がフォローしてくれるが、がっかりしてしまう。
ため息をついたとき、隣から声がした。
「暗い顔してるけど、なにかあった?」
「え?」
隣に視線を向けた千尋は目を丸くした。
「相川君?」
空席だった隣に、いつの間にか穂高が座っていた。
「どうしたの? 今日は休みなんだよね」
今夜の彼はバーテンダーのスタイルではなく、私服だ。
やわらかそうなモカベージュのニットに、細身のブラックパンツ。シンプルだけどスタイリッシュな印象で彼によく似合っている。
「家で寝てたら昴流さんに呼び出された」
「そうなの?」
思わず昴流を見ると、彼はサプライズが成功したときのようににやりと笑った。
「俺は千尋ちゃんが飲んでるから来たらって言っただけだけどね」
「それで来てくれたんだ……」
(うれしいな)
今日はもう会えないと思っていたから。