失恋したので復讐します
 昴流は手早くカクテルを作り、穂高に出す。
 どこか不機嫌そうにそれを受け取った穂高は、グラスを持ち上げ一気にあおった。
 喉仏が動く様子が、妙に色っぽくてどきりとしてしまう。
(相川君って絵になるよね)
 その気になれば啓人よりも注目を浴びそうだ。彼は社内人気なんて興味がないようだけれど。
 先日、若手女性社員に飲みに誘われているのを見かけたが、一秒も迷わずに断っていた。
(相川君を誘い出せるのって昴流さんだけかも)
 そんなことを考えてると、「それでなにがあったんだ?」と穂高の声がした。
「あの、葛城さんに誤解されてるみたいでね……」
 理沙に責められたときのやり取りを簡単に伝えると、穂高はあきれたように肩をすくめた。
「また言われっぱなしだって思ってるよね?」
「いや、また責任をなすりつけてるのかって軽蔑してるだけ」
「え?」
「辻浦さんのこと。あの人、自分のミスを誰かに責任転嫁するのがうまいんだよな。その手の才能はあるよ」
「……もしかして相川君も、そういうことされてるの?」
 妙に実感がこもっているような気がした。
(でもそれはないか)
 穂高はスケープゴートになるようなタイプではない。もしそんな立場に陥ったら、いつもの毒舌で果敢に反論するだろう。
「俺じゃないけど、あの人、言い返せない相手を選んでるからな。気が弱いのとか新人とか」
 思った通り穂高は否定した。
「相川君って意外と辻浦君の性格を把握してるよね」
「気に入らないから、つい目がいく」
「そ、そっか」
「それで葛城さんにはどう対応する気なんだ?」
「さっき昴流さんからもアドバイスしてもらったんだけど、次になにか言われたらちゃんと否定できるように準備しておく。でも信じてくれないかもしれないなって」
「そのときはもう放っておけばいいんじゃないか? 葛城さんと無理に関わる必要はないよ」
「……それでいいのかな」
 穂高と話していると、うじうじ悩む必要がない気がしてきた。
 悩み相談からたわいない話にシフトし、オーナーおすすめのカクテルを飲みながら楽しんでいた。
(少し酔いが回ってきたから、そろそろ帰ろうかな)
 電話で席を外している穂高が戻ってきたら帰ろうと決めて、グラスに残ったカクテルを飲み干した。そのとき。
「お姉さん、ひとりだよね?」
(お姉さん?)
 背後から大きななれなれしい声が聞こえて、千尋は驚きぱっと振り向いた。
 千尋が座るスツールの後ろに、グレーのスーツ姿の男性が立っている。
 年齢は三十代前半くらいだろうか。かなり酔っ払っているのか顔全体が赤く染まっている。
(誰?)
 この店では見たことがない人だが、まるで旧友に会ったかのようにニコニコとうれしそうな笑顔で千尋を見つめている。
「あの、なにか……」
「よかったら一緒に飲みませんか?」
「え?」
 千尋が驚いている間に、男性が先ほどまで穂高が座っていた席に腰を下ろしてしまった。
 遠慮のなさに千尋は思わず眉をひそめたが、男性は気にした様子もなく話しかけてくる。
「お姉さん、かわいいね。何歳?」
「え? 二十九歳ですけど」
 誕生日がきたら三十です、とは言わなかった。
(いや、なんで私、聞かれるまま個人情報を答えてしまったの?)
 千尋はとっさの反応を求められる場面では頭の回転が鈍くなってしまうところがある。
 自分のどんくささに内心頭を抱えていると、男性がずいっと効果音が聞こえてきそうな勢いで千尋に体を近づけてきた。
(えっ? この人酔っ払いすぎじゃない?)
 距離感のなさは普通の状態ではないだろう。
(どうしよう……)
 この店はお酒を飲む場だけれど、穏やかで落ち着いた客が多く、千尋はこういったトラブルには遭ったことがなかった。
 困惑している間も、男性のおしゃべりは止まらない。
「二十九歳かー。思ったよりいってるんだね。でも俺よりは五歳下だからまだまだ若いよ」
 けなされているのか慰められているのかわからない。
「お姉さん名前は?」
 さすがに名前を言うのはためらいがある。困っていると男性が千尋の肩に腕を回してきた。
(ええっ?)
 大げさに嫌がったら騒ぎになってオーナーに迷惑をかけてしまうかもしれないと思い我慢していたけれど、さすがにこれはやりすぎだ。
 誰かに助けを求めようとキョロキョロしていると、男性の腕が急に離れた。
「酔ってるにしてもマナー違反ですよ」
 頭上から聞こえた声に驚き視線を上げる。すると不機嫌そうに眉をひそめた穂高が、酔っ払い男性の腕をつかみ千尋から遠ざけていた。
「相川君?」
 穂高は目を丸くする千尋をちらりと見てから、酔っ払い男性を連れてソファ席に向かった。どうやらそこに男性の連れがいるようだ。
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