失恋したので復讐します
 真顔で言われて、たしかにと納得する。
(それじゃあ本当に私のこと、よく思ってくれてるんだ……うれしいな)
 ちらりと隣に目をやると、穂高も千尋を見ていたようで視線が重なる。
 その瞬間、どくんと鼓動が跳ねた。
 穂高の眼差しがどことなくいつもと違うような気がしたからだろうか。
「山岸さんは俺からしたら信じられないくらい他人に寛容で、誰かのために尽くすことができる。そのせいで損をすることがあっても誰かを恨んだりしない。目標に向けて努力する力もある。俺よりずっと根性があるよ」
「……え、あの」
 軽いやり取りのはずだった。それなのに穂高の口から出た言葉は、想像していたよりもずっと千尋に対する好意にあふれ真(しん)摯(し)さを感じるものだった。
 穂高にそんなによく思われているなんて考えもしなかったから、驚いた。
 うれしさと照れくささで千尋は穂高を直視できずに視線をさまよわせる。
「どうかした?」
「いや……相川君がやけに褒めてくるから照れるなと」
「これくらいで? 本当に耐性がないのな?」
 穂高がくすりと笑った。
 同時に照れくさくて落ち着かない空気が和らぎ、ほっとする。
「仕方ないでしょ。実際慣れてないんだから! つい浮かれちゃうの」
 千尋も笑いながら返す。
「ああ……大学デビューした男が、イケメンって言われて異常に舞い上がるあれ?」
「そんな感じかも……相川君は関係ない感じだね」
「俺は山岸さんほど純粋じゃないから、褒められてもそんなに心に響かないな」
 穂高が少し首をかしげる。
「いやそれは相川君がイケメンって言われ慣れてるからでしょ」
「そうでもないけど」
 穂高はそう返すと足を止めて千尋を見た。
「ということは、山岸さんは俺がイケメンだと思ってるってこと?」
「え? ……そ、そうだけど」
 もっと人あたりさえよければ、彼は啓人よりもモテる。それだけのポテンシャルがあると以前から思っていた。
「知らなかった。山岸さんって俺のことそんな目で見てたんだ?」
 穂高がにやりと笑って言う。
「ち、違うよ! 聞かれたから答えただけで、深い意味なんてないから!」
 とんでもない誤解をされてしまったと慌てて否定すると、穂高はぷっと噴き出した。
「わかってるって。ちょっとふざけただけ」
「そ、そうなの?」
「うん。そう」
 穂高がゆっくり歩き始める。千尋も倣ったけれど心の中は情けなさでいっぱいだった。
 すぐにからかわれてしまうこの単純さをなんとかしたい。
「近いうちに、社内コンペの打ち合わせをしよう」
「そうだね。私はいつでもいいよ」
 話題が変わったようでほっとする。
「じゃあ明後日にでも。私なりに考えたアイデアを描いたものとか持ってくるね」
「楽しみにしてる」

 翌々日。千尋は定時で仕事を終えると、穂高との打ち合わせのために会社を出た。
 彼は外回りからそのまま待ち合わせのレストランに向かうと言っていた。
 レストランは穂高が予約してくれた。
 おいしいものを食べながら、コンペの相談をしようとのことだ。
(銀座のフレンチレストランか……なんか高級そうな店だな)
 服装はライトグレーのシックなワンピースだから問題ないだろうが、千尋にとっては気後れする場だ。
 地下鉄に乗り移動して、到着したレストランは、写真で見たよりもさらに高級感が漂う外観だ。
(大丈夫かな……)
 たじろいでいると内側から扉が開き、スタッフと思われる男性が現れた。
「いらっしゃいませ。ご予約はお済みでしょうか?」
「あ、はい。相川の名前で予約をしていると思うんですけど」
「承っております」
 スタッフの案内に従い、レストランのフロアを横切る。
 千尋が案内されたのは、店の奥に位置する個室だった。
 部屋の中央には円形のテーブルが、壁際にはアンティークの家具が配され、上品な雰囲気が漂っている。
 窓の外は中庭なので落ち着いて食事ができるようになっている。
(うわあ、すごい部屋……)
 スタッフが引いてくれた椅子に座った千尋は、物珍しさについキョロキョロしてしまう。
 ちょうどそのとき、穂高が到着した。
「ごめん、遅くなって」
「私も今来たとこだよ」
 穂高はレストランのスタッフになにかを伝えると、千尋の正面の椅子に腰を下ろした。
「仕事、大丈夫なの?」
「問題ない。電車が遅れて焦ったけど」
「間に合ってくれてよかった。こんなお店に来るのは初めてだから、心細かったんだ」
「初めて?」
「うん。しかも個室なんて来たことないよ。注文ってどうするの?」
 どこにもメニューが見あたらない。
「予約のときに、シェフおすすめのコースを頼んである。言ってなかったっけ?」
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