失恋したので復讐します
「そういえばメニューは任せてって言ってたね。でもコース料理だとは思わなかった」
思わず目を丸くする千尋に、穂高が笑みを浮かべてうなずく。
「そう。前にいい女になるにはテーブルマナーも完璧にしたいって話しただろ? コンペに参加していい線までいったら上司との会食もあるらしいから練習にもなる」
「たしかにそうだね」
せっかくのお祝いの席で、マナーがわからず困ってあたふたするようでは困る。
それに外見をいくら磨いても、立ち居振る舞いが洗練されていなかったらいい女とは言いづらい。
「あまり得意じゃないんだよね」
啓人とのデートでも、こんな高級で雰囲気がある店に来たことはなかった。
「大丈夫、そのうち慣れるって。何事も経験だって言うからな」
しばらくすると料理が運ばれてきた。千尋は少し緊張しながら穂高の所作を真似てカトラリーを使う。
「相川君、慣れてるんだね」
「それなりに。親が外食好きで子供の頃はよく連れていかれたんだ」
「そうなんだ。私の実家はいつも家ご飯だったし、ひとり暮らしをしてからも機会がなかったからこういう席って緊張する」
「俺の真似してればすぐに覚えるよ」
「うん、がんばる」
初めは戸惑っていた千尋も、コースが進むにつれて料理を味わう余裕が出てきた。
(うわあ、このお肉おいしい!)
メインの仔牛のローストはとてもやわらかく、口の中でとろけるようだ。
幸せな気持ちになっていると、千尋の様子を見ていた穂高がふっと笑った。
「どうしたの?」
「おいしそうに食べるなと思って」
「えっ? そんなに顔に出てた?」
驚く千尋に、穂高がうなずく。
「目を丸くしたり、うれしそうに笑ったり」
「う……すごくおいしかったから」
(会社の人と食事をするときには、もっと落ち着かないとね)
マナーの練習を兼ねたコース料理を終えて、ひと息ついたところで、千尋はバッグの中からスケッチブックを取り出した。
「これ、社内コンペ用に描いてみたんだけど」
「デザイン図?」
穂高が興味深そうな表情で、スケッチブックを受け取る。
「これ本当に山岸さんが描いたの?」
「うん」
素人のつたない絵を、プロの穂高に見られるのがなんだか恥ずかしい。
(下手くそだって笑われるかな)
しかし穂高は意外にも真剣な目でスケッチを眺めている。
「もしかして建築士志望だった?」
「違うよ。絵を描くのは好きで、ずっと美術部所属だったけど」
「だからか。想像していたよりもずっとうまくて驚いた」
「そ、そうかな? でも建築デザインとはちょっと違うでしょ? これは社内コンペのテーマをもとに自分が住みたい家を想像して描いてみただけだし、あまり自信がなくて」
スケッチブックに描かれているのは、緑の中に佇(たたず)む一軒家。光と水を家ひとつで賄える、ファンタジーチックな絵だ。
「たしかに絵画って感じだけど」
穂高がやけに難しい顔でスケッチに見入っている。
「やっぱり現実味がない?」
これでは駄目だと失望されたのだろうか。
「いや充分使えるデザインだと思う。このまま出すわけにはいかないけど、手を加えたらよくなる。ただ……」
「ただ?」
穂高の表情がいつになく硬くて、千尋は言いようがない不安がこみ上げるのを覚えた。
「これは絶対に会社に持っていかない方がいいな」
「えっ、どうして?」
会社ではないとできない作業もあるのに。
「出来がいいだけに、辻浦さんに狙われるかもしれない」
「えっ……辻浦君がまたデザインを奪うと思ってるの?」
驚く千尋に、穂高がうなずく。
「まさか、そんなに何度も人の作品を盗むなんてこと……」
さすがにリスクが高すぎる。
「俺はありえることだと思ってる。あの人は自分の調子が悪かったら、きっと他人の作品に手を出す」
「さすがに何度もそんなことをしたら、危険だってわかってるんじゃない?」
「どうだろうな? 功名心と承認欲求がなにより強くて、やらずにはいられないってこともある」
千尋は半信半疑だが、なぜか穂高は確信しているようだ。
「もしかしたら、俺と同じようなことがほかでもあったのかもしれない。部内で問題が起きても部長が辻浦さんに丸め込まれてるから、表に出ないだけで」
「……わかった。相川君がそこまで心配なら、私たちが社内コンペに参加することはぎりぎりまで隠しておこう。気をつけないとね」
「そうだな」
「でも……私たちの作品が無事でも、ほかの人が被害を受けるかもしれないんだよね。そうだとしたら、あまりにひどいよ。みんな必死にがんばってるのに」
思わず目を丸くする千尋に、穂高が笑みを浮かべてうなずく。
「そう。前にいい女になるにはテーブルマナーも完璧にしたいって話しただろ? コンペに参加していい線までいったら上司との会食もあるらしいから練習にもなる」
「たしかにそうだね」
せっかくのお祝いの席で、マナーがわからず困ってあたふたするようでは困る。
それに外見をいくら磨いても、立ち居振る舞いが洗練されていなかったらいい女とは言いづらい。
「あまり得意じゃないんだよね」
啓人とのデートでも、こんな高級で雰囲気がある店に来たことはなかった。
「大丈夫、そのうち慣れるって。何事も経験だって言うからな」
しばらくすると料理が運ばれてきた。千尋は少し緊張しながら穂高の所作を真似てカトラリーを使う。
「相川君、慣れてるんだね」
「それなりに。親が外食好きで子供の頃はよく連れていかれたんだ」
「そうなんだ。私の実家はいつも家ご飯だったし、ひとり暮らしをしてからも機会がなかったからこういう席って緊張する」
「俺の真似してればすぐに覚えるよ」
「うん、がんばる」
初めは戸惑っていた千尋も、コースが進むにつれて料理を味わう余裕が出てきた。
(うわあ、このお肉おいしい!)
メインの仔牛のローストはとてもやわらかく、口の中でとろけるようだ。
幸せな気持ちになっていると、千尋の様子を見ていた穂高がふっと笑った。
「どうしたの?」
「おいしそうに食べるなと思って」
「えっ? そんなに顔に出てた?」
驚く千尋に、穂高がうなずく。
「目を丸くしたり、うれしそうに笑ったり」
「う……すごくおいしかったから」
(会社の人と食事をするときには、もっと落ち着かないとね)
マナーの練習を兼ねたコース料理を終えて、ひと息ついたところで、千尋はバッグの中からスケッチブックを取り出した。
「これ、社内コンペ用に描いてみたんだけど」
「デザイン図?」
穂高が興味深そうな表情で、スケッチブックを受け取る。
「これ本当に山岸さんが描いたの?」
「うん」
素人のつたない絵を、プロの穂高に見られるのがなんだか恥ずかしい。
(下手くそだって笑われるかな)
しかし穂高は意外にも真剣な目でスケッチを眺めている。
「もしかして建築士志望だった?」
「違うよ。絵を描くのは好きで、ずっと美術部所属だったけど」
「だからか。想像していたよりもずっとうまくて驚いた」
「そ、そうかな? でも建築デザインとはちょっと違うでしょ? これは社内コンペのテーマをもとに自分が住みたい家を想像して描いてみただけだし、あまり自信がなくて」
スケッチブックに描かれているのは、緑の中に佇(たたず)む一軒家。光と水を家ひとつで賄える、ファンタジーチックな絵だ。
「たしかに絵画って感じだけど」
穂高がやけに難しい顔でスケッチに見入っている。
「やっぱり現実味がない?」
これでは駄目だと失望されたのだろうか。
「いや充分使えるデザインだと思う。このまま出すわけにはいかないけど、手を加えたらよくなる。ただ……」
「ただ?」
穂高の表情がいつになく硬くて、千尋は言いようがない不安がこみ上げるのを覚えた。
「これは絶対に会社に持っていかない方がいいな」
「えっ、どうして?」
会社ではないとできない作業もあるのに。
「出来がいいだけに、辻浦さんに狙われるかもしれない」
「えっ……辻浦君がまたデザインを奪うと思ってるの?」
驚く千尋に、穂高がうなずく。
「まさか、そんなに何度も人の作品を盗むなんてこと……」
さすがにリスクが高すぎる。
「俺はありえることだと思ってる。あの人は自分の調子が悪かったら、きっと他人の作品に手を出す」
「さすがに何度もそんなことをしたら、危険だってわかってるんじゃない?」
「どうだろうな? 功名心と承認欲求がなにより強くて、やらずにはいられないってこともある」
千尋は半信半疑だが、なぜか穂高は確信しているようだ。
「もしかしたら、俺と同じようなことがほかでもあったのかもしれない。部内で問題が起きても部長が辻浦さんに丸め込まれてるから、表に出ないだけで」
「……わかった。相川君がそこまで心配なら、私たちが社内コンペに参加することはぎりぎりまで隠しておこう。気をつけないとね」
「そうだな」
「でも……私たちの作品が無事でも、ほかの人が被害を受けるかもしれないんだよね。そうだとしたら、あまりにひどいよ。みんな必死にがんばってるのに」