失恋したので復讐します
穂高が懸念する通りのことが起きたら、誰かが傷つくことになる。そう考えると憂鬱な気持ちになる。
「……絶対に止めないと駄目だな」
穂高が決意したような目で千尋を見つめた。
「初めは山岸さんが辻浦さんに勝って、あの人が屈辱を感じている姿を見たいと思ってたけど」
「うん」
「俺は辻浦さんを、告発しようと思う」
千尋は小さく息をのんだ。
「でもそれは難しかったって……以前、部長に訴えたけど信じてもらえなかったんでしょう?」
「そう。デザインが似ているのは偶然だって言われたら、それを覆す証拠を出すのは難しい。今また訴えても認められなくてもみ消される可能性が高い。最悪、異動命令を出されるかもしれない」
「悪いのは辻浦君なのに、相川君を追い出すなんて理不尽すぎる」
そんなことは納得がいかない。
「ネックは部長だ。辻浦さんに簡単に言いくるめられる。事なかれ主義で自分の部で問題を起こしたくない気持ちが強いんだろうな。だから自分にとって都合がいい話を信じようとする」
たしかに部長は、そんなタイプだ。
啓人にもかなり気を使っているように見える。彼が部内で一番優秀で、過去の実績がある自慢の部下だからだ。
(部長が盗作がないか調査すると決めてくれるだけでいいのに……どうすれば気持ちを変えてくれるんだろう)
考え込んでいた千尋は、はっと目を見開いた。
「今度のコンペで最優秀賞を取れたら、部長も少しは私たちの言い分を聞いてくれるかも!」
「え?」
「部長が無視できないようにするには、辻浦君より目立つしかないよ」
そうすれば千尋にとっての復讐が叶(かな)うし、盗作によって悲しい思いをする人がいなくなる。
よいアイデアだと思ったが、ふとスケッチブックの絵が目に入ると自信がなくなった。
「……まあ、これで勝てるとは思わないけど」
千尋はがっかりした思いでスケッチブックを眺める。しかし穂高は「いや、それでいこう」とうなずいた。
「まだ時間は充分にある。これをもっとブラッシュアップして最高の作品にしよう」
「……うん、そうだね!」
ふたりでアイデアを出し合って完成度を上げていけば、素晴らしいものに仕上がるかもしれない。
「必ず成功させようね」
「ああ」
穂高と共に改めて決意を固めてから、レストランを出た。
それから穂高の行動は早かった。
千尋に協力するという形のスタートだったが、今となっては彼自身の復讐でもあるのかもしれない。
バイトを休み、忙しい仕事の合間にデザインを考え、千尋のつたない絵を現実の建築物に変えていく。
森の中の一軒家を、集合住宅に。しかし外観のイメージは変わらないように鉄筋に加えて木材を使用する。構造は最新でも外観は千尋のスケッチのイメージを損なっていない。
もちろん千尋も、できる範囲で穂高に協力している。
「資料持ってきたよ」
「ありがとう」
遅くまで残ってふたりで作業するのは大変だけれど、千尋の中で充実した時間でもある。
その後、啓人からも理沙からもなにかを言われることはなく、年内の最終勤務日を迎えた。年末で仕事が立て込んでいたのもあるが、クリスマスのイベントなどもあり、ふたりとも千尋にかまっている暇なんてなかったのだろう。
クリスマスの日を境に、啓人と理沙が付き合い始めたと話題になっていた。言われてみればふたりの間を流れる空気や距離感があきらかに変わっていて、新入社員と教育担当とは思えないほど親密だ。
啓人は千尋との交際は秘密にしたがったのに、理沙との関係は隠す様子がなく、あまりに態度が違う。おそらく真剣に結婚を考えているからだ。
(別にいいんだけど……お正月休みには、ふたりと顔を合わさないで済むし)
千尋は大きめのバッグに荷物を詰めて席を立った。
「あ、山岸さん、もう帰るの?」
「はい。なにかありますか?」
千尋は持ち上げていたバッグを机の上に置いて答えた。
声をかけてきたのは、千尋と同じく事務をしている女性で三年上の先輩だ。仲がいいとは言えないが仕事柄やり取りをする機会がときどきある。
「何人かで飲みに行くんだけど、山岸さんもどうかと思って」
千尋はわずかに目を見開いた。
「あ、あの、誘ってくださってありがとうございます。でも明日から帰省する予定なので、今日はお酒を控えておこうかと思って……よかったら次回、参加させてください」
こんなふうに部内の同僚から個人的に誘ってもらうのは初めてなので、驚いてしまった。
「そうなの。じゃあまた声をかけるね。お疲れさま」
女性は明るくそう言うと、ほかの同僚に声をかけに行った。
「お、お疲れさまです」
彼女の背中に向かって言う。
「……絶対に止めないと駄目だな」
穂高が決意したような目で千尋を見つめた。
「初めは山岸さんが辻浦さんに勝って、あの人が屈辱を感じている姿を見たいと思ってたけど」
「うん」
「俺は辻浦さんを、告発しようと思う」
千尋は小さく息をのんだ。
「でもそれは難しかったって……以前、部長に訴えたけど信じてもらえなかったんでしょう?」
「そう。デザインが似ているのは偶然だって言われたら、それを覆す証拠を出すのは難しい。今また訴えても認められなくてもみ消される可能性が高い。最悪、異動命令を出されるかもしれない」
「悪いのは辻浦君なのに、相川君を追い出すなんて理不尽すぎる」
そんなことは納得がいかない。
「ネックは部長だ。辻浦さんに簡単に言いくるめられる。事なかれ主義で自分の部で問題を起こしたくない気持ちが強いんだろうな。だから自分にとって都合がいい話を信じようとする」
たしかに部長は、そんなタイプだ。
啓人にもかなり気を使っているように見える。彼が部内で一番優秀で、過去の実績がある自慢の部下だからだ。
(部長が盗作がないか調査すると決めてくれるだけでいいのに……どうすれば気持ちを変えてくれるんだろう)
考え込んでいた千尋は、はっと目を見開いた。
「今度のコンペで最優秀賞を取れたら、部長も少しは私たちの言い分を聞いてくれるかも!」
「え?」
「部長が無視できないようにするには、辻浦君より目立つしかないよ」
そうすれば千尋にとっての復讐が叶(かな)うし、盗作によって悲しい思いをする人がいなくなる。
よいアイデアだと思ったが、ふとスケッチブックの絵が目に入ると自信がなくなった。
「……まあ、これで勝てるとは思わないけど」
千尋はがっかりした思いでスケッチブックを眺める。しかし穂高は「いや、それでいこう」とうなずいた。
「まだ時間は充分にある。これをもっとブラッシュアップして最高の作品にしよう」
「……うん、そうだね!」
ふたりでアイデアを出し合って完成度を上げていけば、素晴らしいものに仕上がるかもしれない。
「必ず成功させようね」
「ああ」
穂高と共に改めて決意を固めてから、レストランを出た。
それから穂高の行動は早かった。
千尋に協力するという形のスタートだったが、今となっては彼自身の復讐でもあるのかもしれない。
バイトを休み、忙しい仕事の合間にデザインを考え、千尋のつたない絵を現実の建築物に変えていく。
森の中の一軒家を、集合住宅に。しかし外観のイメージは変わらないように鉄筋に加えて木材を使用する。構造は最新でも外観は千尋のスケッチのイメージを損なっていない。
もちろん千尋も、できる範囲で穂高に協力している。
「資料持ってきたよ」
「ありがとう」
遅くまで残ってふたりで作業するのは大変だけれど、千尋の中で充実した時間でもある。
その後、啓人からも理沙からもなにかを言われることはなく、年内の最終勤務日を迎えた。年末で仕事が立て込んでいたのもあるが、クリスマスのイベントなどもあり、ふたりとも千尋にかまっている暇なんてなかったのだろう。
クリスマスの日を境に、啓人と理沙が付き合い始めたと話題になっていた。言われてみればふたりの間を流れる空気や距離感があきらかに変わっていて、新入社員と教育担当とは思えないほど親密だ。
啓人は千尋との交際は秘密にしたがったのに、理沙との関係は隠す様子がなく、あまりに態度が違う。おそらく真剣に結婚を考えているからだ。
(別にいいんだけど……お正月休みには、ふたりと顔を合わさないで済むし)
千尋は大きめのバッグに荷物を詰めて席を立った。
「あ、山岸さん、もう帰るの?」
「はい。なにかありますか?」
千尋は持ち上げていたバッグを机の上に置いて答えた。
声をかけてきたのは、千尋と同じく事務をしている女性で三年上の先輩だ。仲がいいとは言えないが仕事柄やり取りをする機会がときどきある。
「何人かで飲みに行くんだけど、山岸さんもどうかと思って」
千尋はわずかに目を見開いた。
「あ、あの、誘ってくださってありがとうございます。でも明日から帰省する予定なので、今日はお酒を控えておこうかと思って……よかったら次回、参加させてください」
こんなふうに部内の同僚から個人的に誘ってもらうのは初めてなので、驚いてしまった。
「そうなの。じゃあまた声をかけるね。お疲れさま」
女性は明るくそう言うと、ほかの同僚に声をかけに行った。
「お、お疲れさまです」
彼女の背中に向かって言う。