失恋したので復讐します
五章 気持ちの変化
『穂高、悪いけど今すぐ来てくれない?』
バーテンダーのバイトは休みだというのに、昴流から呼び出しの電話がかかってきた。
十五分ほど前に帰宅して、シャワーを浴び終えたところだ。
「あまり気が進まないんですけど」
正直に言うと、電話の向こうからわざとらしいため息が聞こえた。
『それなら仕方ないな。千尋ちゃんが来てるんだけど、ちょっと元気がないからさ。穂高が慰めてあげたらいいと思ったんだけど。休みの日に悪かったな、あとは俺がなんとかするから』
いつになく長々と語ってくるところがわざとらしい。けしかけられているのはわかったが、穂高は座っていたソファから立ち上がった。
「行きますよ」
『そう? じゃあ待ってるよ。悪いな』
かみ殺したような笑いとともに通話が切れる。
穂高はスマホを睨んでから、着たばかりのルームウエアを脱ぎ捨てた。
バーに到着すると、千尋と昴流がなにやら話し込んでいる。
近づくと自分の名前が聞こえてきた。
「そういえば千尋ちゃんの方が年上だったんだよね。ふたりを見てるとつい忘れちゃうな」
「私がしっかりしてないからですよね」
「いや、穂高の態度が偉そうなんだよ」
なぜか悪者になっている。
(まあ間違ってはないけど)
穂高は千尋の隣のスツールに腰を下ろした。
「暗い顔してるけど、なにかあった?」
「え?」
千尋が驚いたように目を丸くした。
「相川君?」
昴流からはなにも聞いていなかったようだ。
千尋の様子をさりげなく観察する。
(元気ないみたいだな)
昴流が言っていた通り、なにかあったのだろう。
事情を聞くと、新入社員の女性と少しもめたとのことだった。
葛城理沙――同部署なので、彼女のことは穂高もそれなりに知っている。
配属前から重役の娘だと評判になっていた。部長などはかなり気を使っている。
小心者の部長のことだから、理沙の口から父親に、部長の愚痴でも伝わったら大変だとでも思っているのだろう。
理沙を意識しているのは部長だけではない。啓人も初めから強い関心を持っていた。
彼女の教育担当は部長の指示で啓人に決まった形になっているが、実は啓人が自ら申し出ている。
『部長、十一月から配属になる葛城さんの教育担当は決まりましたか?』
『あ、辻浦君……いや、なかなか決まらなくてね。入社五年前後の社員に何人か声をかけてみたんだけど、やりづらいと思っているのか気乗りがしないようなんだよ』
『そうですか。では適任が見つからない場合は僕が担当しましょうか。彼女は建築士として登録することを希望しているようですし』
『いいのかい?』
『ええ』
同僚の目を気にしてか終業後に話していたが、偶然残っていた穂高は会話を耳にした。
そして思った。
葛城理沙の教育担当は辻浦啓人で決定だと。
啓人の申し出は、適任が見つからなかった場合はと消極的だったが、究極の事なかれ主義の部長が、嫌がる社員に無理強いするはずがない。啓人もそれを見透かしての発言だろう。
その後、啓人は理沙の教育係になり、つきっきりで彼女に指導していた。
おそらく理沙が重役の娘だから、近づいたのだろう。
啓人なら考えそうなことだ。
穂高は理沙と関わる機会が少なかったが、同じ建築士という立場のため、何度かやり取りをする機会があった。
理沙は新人とは思えないほど堂々としていて、物怖じしない女性だった。
穂高の忖度なしの物言いにも、萎縮することなく平然と言い返してくる。
よほど自分に自信がありそうだ。これまでの人生は肯定されることの連続だったからかもしれない。
千尋とは真逆のタイプだ。
仕事の覚えが早く要領がいい。ただ少し思い込みが激しいと感じた。
『相川さんは湾岸の再開発地域を担当しているんですよね』
『そうだけど』
『私も辻浦さんの補助で関わることになったんです。勉強しておきたいので資料があったらいただけませんか?』
理沙がすぐに出せと言わんばかりに手を差し出してくる。
その様子をじっと見ていた穂高は、醒めた声で返した。