宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
     ◇
 ごくりと(のど)を鳴らして一歩を()み出す。今日もあの恐怖を味わうのだ。
 鶏の(くちばし)は思いのほか鋭く痛い。凶器といっていいほどの威力を持つが、アイツは怪我をしないギリギリを狙ってきているようだった。それは手加減などではなく、獲物をいたぶる感覚なのだとマルコは確信をもって感じていた。

「ああ、東宮(ここ)はやはり青龍の神気に満ちていますね。何度来ても心地よい」

 前を歩くのは、本来なら自分など話もできない偉い人だ。次期神官長候補として名が挙がっているほど、実力のある神官だった。

「では、マルコさん。わたしの用事が終わるまで、あなたはまた散歩でもしていてください。できるなら立場を変わってほしいものですね。わたしも時間さえあればゆっくりとこの庭を散策できるのに」
「ははは……」

 思わず乾いた笑いが漏れてしまった。この神官、レミュリオと一緒にいるときは、あの悪鬼のような鶏は姿を現さない。マルコがひとりきりになった途端、いつもどこからともなくやってくるのだ。

 東宮の高い建物へと向かうレミュリオの背を見送った。彼は目が見えないはずなのに、迷いのない足取りは、全くと言っていいほどそのことを感じさせなかった。

『この世は波動の世界ですから』

 いつだか尋ねた時に、レミュリオはそう言っていた。

 すべての物が光を放ち、目は見えなくともそれを余すことなく感じ取れるのだと。そして、何もない空間でさえ何かしらに満たされていて、絶えず振動し共鳴し合っているのだと、レミュリオはそうも教えてくれた。

 彼の言葉は難しすぎて、マルコには少しも理解はできなかった。ただレミュリオは本当にすごいひとなのだと、畏怖(いふ)にも近い感情を抱いてしまった。

(ミヒャエル様の方がボクは好きだったな……)

 本神殿に来てはじめて親しくなった神官だった。世話係として配属されたが、怖いひとのようでいて、どこか寂しいひとに思えた。いつも叱られてばかりだったが、ミヒャエルはなんだかんだ言ってマルコのことを気にかけてくれていた。

 それが急に世話係を辞めさせられてしまった。ちゃんと食事は取れているだろうか。ずっと体調が悪そうにしていたので、ミヒャエルがどうしているのか今でも心配しているマルコだ。

< 153 / 391 >

この作品をシェア

pagetop