宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 近くの茂みががさりと鳴った。夜にだけ降った雪の名残(なごり)が、不自然に葉からふるい落とされていく。はっとして逃げる方向を考えた。アイツは基本、一直線に向かってくる。痛い思いをしないためには初動が肝心だ。

「オエーっ!!」

 翼を広げ躍り出てきた鶏を(かわ)し、逆方向へとひた走った。まっすぐ逃げると背後を狙われるだけなので、植木を()けながらとにかく不規則に逃げ回る。

「オエーオッオッオ、オエーっ!!」

 真っ赤な鶏冠(とさか)を左右に揺らし、鶏はどんどん距離を詰めてくる。(あご)にぶら下がる肉垂(にくすい)がぶるんぶるんと躍る(さま)は、マルコの目にはただの恐怖映像にしか映らなかった。

「マンボウ、駄目よ! マルコ様、お早くこちらへ」

 二階のテラスから、あの令嬢の声がした。手すりから身を乗り出して、マルコに向かって手招きをする。

 建物の少し離れたところに生える大木を目指して、マルコは脇目もふらずにダッシュした。勢いのまま木の幹に跳びついて、枝に積もる雪を振り落としながら、上までするすると昇っていく。
 太めの枝に移動して、座りがいいところでほっと息をついた。見下ろすと、悔しそうに鶏が地面をうろうろと歩き回っている。

 あの日と同じ、枝とテラスの遠い距離感で、マルコは令嬢と目を合わせた。こちらの無事を確認したのか、令嬢は安堵の表情になる。
 その瞬間、羽ばたきの音と共に、鶏がテラスの手すりへと飛んできた。すぐさまこちらに向き直り、令嬢を守るように翼を大きく広げて威嚇(いかく)してきた。

「マンボウ、心配しなくても大丈夫よ。あの方はちゃんとした神官様だから」

 安心させるように背を撫でると、マンボウと呼ばれた鶏はおとなしく羽を閉じた。だが太眉(ふとまゆ)をキリリとさせて、眼光鋭くマルコを睨みつけてくる。

「マルコ様、ごきげんよう。今日はお怪我などなさっていませんか?」
「は、はいっ、リーゼロッテ様のおかげで、一直線に木に登れましたので」
「ならよかったですわ」

 やわらかい笑みを向けられて、頬に熱が集まった。彼女は今まで会った誰よりも綺麗な女の人だ。恥ずかしくて思わず顔をそらしてしまう。

「今日もお供でいらっしゃったのですか?」
「はい……ボクはまだまだ半人前なので、やっぱり中には入れてもらえなくて……」

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