宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
     ◇
 晩餐の席につき、リーゼロッテは思わずマテアスに鋭い視線を向けた。自分用のカトラリーがひとつも用意されていない。これはあーんする気満々なのだ。

「ヴァルト様、マテアスからお聞きになったかと思うのですが、今夜はわたくし自分で……」
「今宵、オレはこれを行使する」

 ジークヴァルトが目の前に掲げてきたのは、一枚の書類だった。契約書のようなそれに、リーゼロッテは思い切り覚えがあった。

「こ、今夜にですか?」

 今日は自分の誕生日だ。主役の自分が(おちい)るには、あまりにも容赦ない展開だ。

 引きこもったままの泣き虫ジョンに会いに行くために、リーゼロッテはジークヴァルトにある権利を約束した。そう、目の前にある契約書は、あの日に自らが提示した「あーん一日無制限権」だ。

 リーゼロッテは肩たたき券のような気軽さでこれを提案したが、ジークヴァルトは口約束では終わらせてくれなかった。「券」はなぜだか「権」となり、あっという間にその場で書類が作成されてしまった。
 言われるがまま三枚の書類に署名をしたリーゼロッテだったが、今よくよく見るとそこには王の調印まで押されている。

 その手の知識がないリーゼロッテにも理解できた。このふざけた内容の書類に目を通し、ディートリヒ王自らが承認の印を押したということだ。

「今夜が駄目なら次の夜会で行使するが?」
「ええっ!? それだけは嫌ですわ」

 もうすぐイジドーラ王妃の誕生日を祝う夜会が行われる。招待を受け、ふたりもそれに参加する予定だ。大勢の貴族の前で恥をかくくらいなら、今夜涙を飲んで承諾するしかないだろう。

(うう……今日はわたしの誕生日なのに……)

 嬉々としてあーんを繰り出すジークヴァルトの魔王の笑みを、それでもかっこいいと思ってしまったことは、一生内緒にしようと思ったリーゼロッテだった。






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