宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「ヴァルト様……どちらへ?」
「問題ない。すぐに戻る」

 そう言い残したかと思うと、ジークヴァルトは俊足で駆けだした。サロンを出て、廊下の向こうに姿が消える。なにやら雄叫びのような声が徐々に遠ざかっていく。その声はやがて耳に届かなくなり、残されたリーゼロッテは不思議そうにこてんと首を傾けた。

「マテアス? ジークヴァルト様は一体……」
(じき)に戻られますからご心配なく。紅茶でもお召しになってお待ちください」

 戸惑いながらもカップに口をつける。マテアスが淹れてくれる紅茶は日増しにリーゼロッテ好みになっていく。気を使ってもらっているのだと思うと申し訳なくなるが、ここは素直によろこぶべきだろう。

「マテアス、いつもありがとう」
「身に余るお言葉でございます。リーゼロッテ様にお仕えできて、このマテアス、至上のよろこびを感じておりますよ」

 にっこりとほほ笑み合いながらそんな会話をしているうちに、消えていった雄叫びが今度はどんどんこちらに近づいてくる。
 しかしその雄叫びは、消えていった方角とは真逆の方向から聞こえるようだ。サロンの入り口を見やっていると、その雄叫びが入り口手前でぴたりと止んだ。その直後、何食わぬ顔をしたジークヴァルトがサロンに入ってくる。

 整えきれてない息に、額に浮かぶ玉のような汗。まるで公爵家の廊下を一周、全力疾走してきたかのようなその姿に、リーゼロッテは目を丸くする。

「あの、ジークヴァルト様……その、お加減は大丈夫でしょうか」
「問題ない、気にするな」

 そっけなく言って、ジークヴァルトは再びリーゼロッテを膝に乗せた。

 ジークヴァルトによる全力疾走は、この日から頻繁に屋敷内で目撃されることになるのであった。

< 15 / 391 >

この作品をシェア

pagetop