宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「なんというか、すまない……調子に乗った」
「いいえ……」
「怒ってはいない?」
「ええ……」
「本当に?」

 疑うように問うと、膝に乗せたアンネマリーが上目遣いで見つめてくる。

「本当のことを言うと少しだけ……」

 伏し目がちに目を逸らされて、ハインリヒは一気に絶望の淵に沈んでしまった。

「ハインリヒがわたくしを頼ってくれないのが悲しくて……もっとちゃんと、弱いところも見せてほしいって……わたくしそう思ってしまって」
「……アンネマリー」

 泣きそうになって抱きしめる腕に力が入った。首筋に顔をうずめ、ハインリヒは(うめ)くように言葉を乗せる。

「本音を言うと、わたしは王位を継ぐことが怖い。王となるとき、わたしはこの国の真実を知るだろう……それがたまらなく恐ろしいんだ。こんな弱音を吐くわたしを君は軽蔑するだろう?」
「そんなこと……」

 アンネマリーはやさしく口づけてきた。

「思うわけないでしょう? お願い……わたくしにだけは本当の気持ちを隠さないでいて」

 (たま)らなくなってハインリヒはその瞳に涙をにじませた。弱いところなど見せたくないのに、そんな自分すらアンネマリーは丸ごと受け止めてくれている。

「アンネマリー……愛している」

 耳に口づけを落とすと、アンネマリーはやわらかく微笑んだ。王族としてあらねばならない自分。その核を成すものを、こんなにもアンネマリーが力強く支えている。

「君はかけがえない女性だ。わたしにはもったいないくらい……」
「わたくしもハインリヒと共にあれて、本当にしあわせよ」

 口づけて、もの足りなくて再び口づけた。何度繰り返しても、奥から溢れ出る愛しさが尽きることはない。唇も、思いやってくれるあたたかな心も、この身を包んでくれるやわらかな肢体も。すべてが自分のためにあるようで――

「ありがとう……君がいてくれてよかった……」

 鼻の奥がつんと痛くなって、ハインリヒは首筋に顔をうずめた。この愛おしい存在を、きつくきつく抱きしめる。

「こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないけれど……ハインリヒの本当の姿を知るのがわたくしだけだと思うと、それがとてもうれしいの」
「君にだけ……そうか。そうだな……」

 男として愛するひとに格好つけたい気持ちもあるが、アンネマリーは駄目な自分も無条件で受け入れてくれている。上辺だけでない安堵が大きくこころを満たしていった。

「だから、これからは隠さないでいて……」
「ああ……ありがとう、アンネマリー」

 立ち向かわなくてならない現実は、いまだ何も変わっていない。それなのに思いひとつで世界は変わる。

 このあと穏やかに、そして熱く、ふたりは愛を深め合った。

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