宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 (ひざ)をつくアンネマリーの頭上に、今度はハインリヒ自らが王妃のティアラを乗せた。女性陣から感嘆の声が漏れる中、手を差し伸べアンネマリーを立ち上がらせる。

「ハインリヒ王に忠誠の誓いを」
 その言葉と共に、ディートリヒが臣下の礼を取った。その後ろで貴族たちも、新たな王に向けて一斉に膝をつく。

 口元にうすく笑みを()き、ハインリヒはアンネマリーの手を引いた。

「行こう、アンネマリー。我が(きさき)よ」
「仰せのままに、ハインリヒ王」

 遠くを見据えるようなそのまなざしに内心動揺しつつ、アンネマリーは静かに従った。ゆったりした長いローブを引きずらないようにと、ピッパ王女がその(すそ)を持ち上げてついてくる。
 通り過ぎざまアンネマリーが目にしたディートリヒは、相反(あいはん)して()き物が落ちたような瞳をしている。その(さま)は、まるでふたりをきれいに入れ替えたかのようだった。横にいたイジドーラが、過ぎゆく新しき王と王妃に静かに礼を取った。

 外の広間を見下ろすバルコニーへと進む。青空が開け、吐く息が白くまとわりつく中、眼下に大きく歓声が沸き上がった。
 下で待つのは平民たちだ。新王の姿をひと目見ようと、特別に開かれた王城の広間に、極寒の中を多くの者が集まっていた。

 その(たみ)に向けてハインリヒが軽く片手を上げると、歓声がうねる様に広がった。促され、アンネマリーも民衆に向けて小さく手を振ってみる。空気が振動するほどの熱狂に、広間がいっぺんに包まれた。


 龍歴八百三十年初月(はつづき)の晴れた日に、つつがなく戴冠式は終了した。
 後に変革の王として名を残す、ハインリヒ王の御代(みよ)の始まりだった。





< 201 / 391 >

この作品をシェア

pagetop