宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
「おやめなさい!」
無理やり割って入った人影に、リーゼロッテは突き飛ばすように引きはがされた。背を打ち付け、勢いでその場に崩れ落ちる。痛む背を柱に預けたまま、霞む視界の向こうで誰かふたりがもみ合っているのが分かった。
「王女殿下……?」
小柄なマルコの手首をつかみ取り、クリスティーナがその腕から剣を取り上げようとしている。そのたびに振り回される剣先に、長い髪がからんでは切られ、王城の床に舞い落ちた。
マルコが何かを叫びながら、王女の手を振りほどこうとする。助けに入らなくてはと思うのに、朦朧とした意識がそれを許さない。
「クリスティーナ様!」
遠くからヘッダの声がして、もつれあう人間が三人になった。長剣が返す鈍い光、動きと共になびく王女の長い髪、ハンドチェーンの輝石の煌めき。入れ代わり立ち代わり、位置を変えながらもみ合っていく。
ままならない呼吸を叱咤して、リーゼロッテは懸命に手を伸ばした。マルコを止めなければ。このままでは誰かが傷ついてしまう。
女性の苦悶の悲鳴が響き、もつれあったまま三人は同時に倒れ込んだ。
クリスティーナとヘッダが、折り重なるように床に倒れ伏している。その背に真っすぐと突き立てられた剣を認め、リーゼロッテの目が大きく見開かれた。
目の前の情景を、全力で脳が拒絶してくる。
そばで尻もちをついていたマルコが、ふたりの間から剣を抜きとった。途端に下から血が流れ出て、覗き込むように手をついていたマルコの床を、あっという間に真っ赤に染めた。
「あーあ。リーゼロッテ様のせいで、王女様、死んじゃった」
剣を放り投げ、マルコは水であそぶ子供のように床を叩いた。血しぶきをたのしみながら、何度も何度も繰り返す。
その間にも血だまりは広がって、人ひとりから流れ出たとは思えないその量に、リーゼロッテの中で何かが膨れ上がっていく。限界に達したそれが一気に弾け、全身から解き放たれた。
「いや――――っ!」
緑の力がほとばしった。同心円状に走りゆく緑は、王城を抜け、神殿までを広く包み込んだ。あちこちで暴れていた異形の影も、人に巣くう暗い澱も、洗い流すようにすべてを飲み込み消し去っていく。
澄み切った空間で、マルコはぼんやりとあたりを見回した。遠くから慌ただしい足音が近づいてくる。
「ちぇ、もう終わりかぁ……」
少し残念そうに笑って、マルコはリーゼロッテを見た。
「マルコはちっとも悪くないんだ。だからリーゼロッテ様も、マルコのこと嫌いにならないでやってね」
気を失う寸前、笑顔のまま取り押さえられるマルコを、リーゼロッテは目にしたように思った。
無理やり割って入った人影に、リーゼロッテは突き飛ばすように引きはがされた。背を打ち付け、勢いでその場に崩れ落ちる。痛む背を柱に預けたまま、霞む視界の向こうで誰かふたりがもみ合っているのが分かった。
「王女殿下……?」
小柄なマルコの手首をつかみ取り、クリスティーナがその腕から剣を取り上げようとしている。そのたびに振り回される剣先に、長い髪がからんでは切られ、王城の床に舞い落ちた。
マルコが何かを叫びながら、王女の手を振りほどこうとする。助けに入らなくてはと思うのに、朦朧とした意識がそれを許さない。
「クリスティーナ様!」
遠くからヘッダの声がして、もつれあう人間が三人になった。長剣が返す鈍い光、動きと共になびく王女の長い髪、ハンドチェーンの輝石の煌めき。入れ代わり立ち代わり、位置を変えながらもみ合っていく。
ままならない呼吸を叱咤して、リーゼロッテは懸命に手を伸ばした。マルコを止めなければ。このままでは誰かが傷ついてしまう。
女性の苦悶の悲鳴が響き、もつれあったまま三人は同時に倒れ込んだ。
クリスティーナとヘッダが、折り重なるように床に倒れ伏している。その背に真っすぐと突き立てられた剣を認め、リーゼロッテの目が大きく見開かれた。
目の前の情景を、全力で脳が拒絶してくる。
そばで尻もちをついていたマルコが、ふたりの間から剣を抜きとった。途端に下から血が流れ出て、覗き込むように手をついていたマルコの床を、あっという間に真っ赤に染めた。
「あーあ。リーゼロッテ様のせいで、王女様、死んじゃった」
剣を放り投げ、マルコは水であそぶ子供のように床を叩いた。血しぶきをたのしみながら、何度も何度も繰り返す。
その間にも血だまりは広がって、人ひとりから流れ出たとは思えないその量に、リーゼロッテの中で何かが膨れ上がっていく。限界に達したそれが一気に弾け、全身から解き放たれた。
「いや――――っ!」
緑の力がほとばしった。同心円状に走りゆく緑は、王城を抜け、神殿までを広く包み込んだ。あちこちで暴れていた異形の影も、人に巣くう暗い澱も、洗い流すようにすべてを飲み込み消し去っていく。
澄み切った空間で、マルコはぼんやりとあたりを見回した。遠くから慌ただしい足音が近づいてくる。
「ちぇ、もう終わりかぁ……」
少し残念そうに笑って、マルコはリーゼロッテを見た。
「マルコはちっとも悪くないんだ。だからリーゼロッテ様も、マルコのこと嫌いにならないでやってね」
気を失う寸前、笑顔のまま取り押さえられるマルコを、リーゼロッテは目にしたように思った。