宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 夢見の力を持たない自分は、ただのパフォーマンス要員だ。誰も見ていないのをいいことに、リーゼロッテは水中の階段に腰を下ろした。
 (へり)に両腕をかけて、その上に(あご)を乗せる。神官長が迎えに来た時に、それらしく立ち上がればいいだろう。

(本格的に眠らないようにしないと……)

 膝の深さがあればひとは溺れ死ぬこともあるらしい。濡れない泉でも溺れるのだろうか。そんなことを思いつつ、やはりうとうととなってくる。ゆらゆら(ただよ)う水の中は、なんとも言えずに心地よかった。

「……はやく迎えが来ないかしら」

 そうつぶやいて、重いまぶたを閉じる。そのまますぅっと寝入ってしまった。

 音がなくなった部屋の中、リーゼロッテの力が染み出すように広がった。無色透明だった泉の水が、隅々まで緑色に変化していく。

 やがて満ちた力が、水面からエメラルドの輝きを立ち昇らせる。天井に反射して、緑の光が走るように刻まれた模様をなぞっていった。

 浮き出した天井の文様から、再び緑の光が振り注ぐ。神聖な輝きを身に受けながら、リーゼロッテは深い眠りに落ちていた。


「素晴らしい……ラウエンシュタインの力で、こんなにも青龍の神気が歓喜している」

 音もなく現れた神官――レミュリオが感嘆の声を漏らした。閉じた瞳のままゆっくりと部屋の中を見回して、堪能(たんのう)するように深く息を吸い込んでいく。

 次いで泉の縁で突っ伏して眠るリーゼロッテへと顔を向け、その口元に笑みを刻んだ。

「マルコさんはミヒャエル様よりも、よほど役に立ちましたね」

 ゆっくりと近づいて、すぐそばで片膝をつく。レミュリオはリーゼロッテの肩に流れる髪をひと(ふさ)持ち上げた。


「ようやく手にできました――わたしの花嫁」






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