宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-

第20話 龍の花嫁

『ねぇ、ヴァルト。そんなに不服なら無理やりにでも連れ帰ればよかったのに』

 神事の終わりを待つ廊下で、守護者(ジークハルト)がのんびりと言った。王城に来るといつも気ままに姿を消すというのに、今日はめずらしくそばで浮いている。

『今回は王命でもなかったんだから、強く言えばリーゼロッテだって納得したと思うよ?』

 聞く耳を持たないよう努めても、思わず眉間にしわが寄る。神官たちが怯えるように距離を取り、ジークヴァルトの周囲だけ不自然に人がいなかった。

 そんな中ジークハルトはあぐらをかいた姿勢で、先ほどから体を左右に揺らしている。目障りに思えるが、反応してはヤツの思うつぼだ。苛立ちが伝わったのか、間近にいた神官が身を(すく)ませた。じろりと見やると、さらに距離を開けられる。

『力が安定した今、異形がらみの問題はそうそう起きないだろうけどさ。ほら、リーゼロッテって自分で何をするわけでもないのに、とにかくトラブル巻き込まれ体質じゃない? さっさとヴァルトのものにしといた方が絶対にいいって』

 その言葉を無視して、リーゼロッテが入っていった扉に視線を向ける。祈りの泉へは夢見の巫女と、限られた神官しか立ち入れない決まりだ。中で何が行われているのか、把握できないことがもどかしい。

 ――彼女のすべてを知っていたい
 一日の行動も、どこで誰といたのかも、何が起きてどんな話をしたのかも、何もかも。

 リーゼロッテに関わることで、他人が知っていて自分が知らない何かがあるなどと、到底許せはしなかった。
 理屈も何も通用しない、あまりにも馬鹿げた感情だ。これは嫉妬や独占欲と呼ばれるものなのだと自覚はした。だが抑えようのないこの思いに、ジークヴァルト自身がいちばんに振り回されている。

(大丈夫だ。今日が終わればあの日々が帰ってくる)
 リーゼロッテのいる日常が――

 言い聞かせるように思い、眉根を寄せる。それは同時に本能と理性の闘いでもあった。離れていた分だけ(よこしま)な思いが膨らんでいる今、彼女を守れるのはやはりこの己だけなのだ。
 婚姻前に無理強いをして、リーゼロッテを傷つけることだけはあってはならない。あの笑顔を守るために、自分は彼女のそばにいるのだから。

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