宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 部屋の中にその老婆だけが足を踏み入れた。神官たちは廊下に立ったまま入ってこようとはしない。
 (おび)えた様子で老婆はリーゼロッテに近づいてくる。その顔を間近で見た時、リーゼロッテは驚きのあまり大きな声を上げた。

「べっ……!」

 そのタイミングで目の前の老婆が盛大に転んだ。手にしたブリキのバケツが床を跳ねて、リーゼロッテの声をかき消していく。

「何をしているんだ!」

 頭巾神官のひとりが、忌々(いまいま)しげに倒れる老婆に歩み寄った。罰を与えるために腕を振り上げる。

「やめて! 乱暴なことはしないで!」

 転んだままの老婆を(かば)う。リーゼロッテが立ちふさがると、神官はすぐに廊下まで身を引いた。

 倒れる老婆を助け起こすと、それはやはりベッティだった。老婆だと思ったのは白髪(はくはつ)のせいだ。驚きのまま口を開こうとしたリーゼロッテを制するように、人差し指がベッティの唇にあてられた。
 さりげないその動きに、神官たちは気づかなかったようだ。何か事情があるのだと、リーゼロッテは瞬時に口をつぐんだ。

 再び扉に鍵がかけられる。廊下に見張りの神官をひとり残して、他の神官は行ってしまった。残ったのは先ほどベッティに手を上げようとした神官だ。頭巾で顔は見えないが、声からするに若い男なのだろう。

 その間にベッティは転がった道具をかき集め、部屋の中を掃除し始めた。おぼつかない手つきで床を掃くと、今度は膝を下につけ雑巾で床を磨いていく。

 黙々と拭き掃除を続ける背中を、リーゼロッテは目で追った。話をしたいが、神官が扉の小窓から見張っている。どうしたものかと思案しているうちに、神官が話しかけてきた。

「その下女(げじょ)に助けを求めても無駄ですよ。それは口がきけなければ耳も聞こえません」

 扉の小窓を見やると、頭巾からのぞく目がうれしそうに細められた。今まで幾度もした問いかけを、駄目で元々で問うてみる。

「わたくしをいつまでここに閉じ込めておくつもりですか?」
「それは青龍次第です。聖女様をお待たせして申し訳ないのですが、何しろ()()()()()は忙しい身なもので」
「我々の青龍……?」

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