宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
     ◇
「ふふー、お肉ぅ」

 戦利品を前に、ベッティは上機嫌でフォークを構えた。その横で堅パンを片手に、リーゼロッテは悲壮な顔をした。このパンは噛めば噛むほど口の中の水分を持っていかれる。仕方なく、水に()けてふやかしながら食べていた。

 大きな肉の(かたまり)が、ベッティの口の中に消えていく。それを恨みがましそうに目で追って、リーゼロッテは味気ない堅パンを噛みしめた。

 その瞬間、ベッティはせっかくの肉を勢いよく吐き出した。真剣な表情で水で口を(すす)いでは、バケツの中に吐き戻していく。
 胃の中身を薄めるように、最後に水を飲みほした。乱暴に口元をぬぐうと、荒い息のままコップを置く。

「はぁ、よりにもよってこんな(たち)の悪いものをぉ」

 言うなりベッティは(あめ)を何粒も口に放り込んだ。がりがりとかじるそれは、あのまずい解毒剤のキャンディだ。

「ベッティ、まさか強い毒が……?」
「そのまさかですぅ」
「そんな……!」
「ですがご安心をぉ。命に関わる(たぐい)ではございませんのでぇ」

 そう言いながらもベッティの息づかいはどんどん荒くなっていく。(ひたい)に汗がにじみ、火照(ほて)ったように顔が赤かった。

「油断したわたしが悪いんですぅ。()()()()()がここで使われるなんて思ってもみなくってぇ」
「こんなもの……? 一体何の毒が入っていたの?」
催淫剤(さいいんざい)……いわゆる媚薬(びやく)ってやつですねぇ」
「媚薬!?」

 ラノベでハプニングを起こす、よくあるアレだ。その言葉を聞いても現実感がなく、ただ驚くだけだった。

「しかも解毒剤の効かない新種のやっかいなヤツですねぇ。今、市井(しせい)と一部の貴族の間で問題になってるんですよぉ。強力過ぎて国で禁止されておりますがぁ、事件が起きても出所がつかめなくて騎士団も手を焼いている案件ですぅ」

 そんなものが神殿で手に入るとは思えない。一体どんなルートがあるというのか。

「そんなわけでしてリーゼロッテ様ぁ、今日のわたしはまるで使い物にならないかと思いますぅ。誠に申し訳ないのですがぁ、ご自分の身はご自分でお守りくださいませねぇ」
「え……?」

 ますます顔が赤くなっていくベッティを不安げに見やる。

「恐らく……」

 テーブルを支えにしながら、ベッティは苦しそうに息を吐きだした。


「今夜、黒幕がここへとやってきますぅ。リーゼロッテ様を、自分のものとするためにぃ――」







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