宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
『こちらこそよろしくね、リーゼロッテ』

 耳に飛びこんできた甲高い声に、リーゼロッテは驚きで目を見開いた。思わず扉の小窓を見やると、オスカーが自分じゃないと首を振ってくる。
 床に視線を落とす。すぐそこで、ベッティがごしごしと床を磨いていた。

『ボク、はちみつたっぷりのパンケーキが食べたいな!』

 甲高い声が再び部屋の中に響いた。ベッティの口は動いていない。黙々と雑巾を持つ手を動かしているだけだ。

(もしかして腹話術(ふくわじゅつ)……?)

 そもそもベッティは口がきけない下女という役どころだ。同じことをオスカーが考えていたとして、それを披露しているのはリーゼロッテなのだと思うだろう。

『パンケーキが駄目ならお肉でもいいよ。血の(したた)る肉のカタマリ! リーゼロッテも好きでしょう?』
「い、いやだわ、アルフレート二世ったら。わたくし、お肉はウェルダン派よ」

 腕に抱くクマと見つめ合って、やけくそのように会話する。自分は(ヤク)(ちゅう)聖女様なのだ。そう言い聞かせて開き直った。案の定、オスカーは目を白黒させている。

『ねー、そこのおしゃべり神官! リーゼロッテのために今度は肉料理、頼んだからね!』
「まあ、オスカー様に無理を言ってはいけないわ」
『リーゼロッテは気が弱いから、自分からは言い出せないでしょ? だからボクが言ってあげてるんじゃない。草ばっかり食べさせられて、リーゼロッテ痩せちゃってかわいそう! こんな時はお肉だよ。にくにくにくにく、おっにくぅ!』

 これは最早(もはや)ベッティが肉を食べたいだけなのだ。用意してもらえても、どうせリーゼロッテの口には入らない。

「いや、肉と言われても、我々神官は肉は禁止で……」
『リーゼロッテは神官じゃないでしょ? 可哀そうだって思わないの!?』
「そんなっ」

 オスカーが困った顔をリーゼロッテに向けてくる。縫いぐるみのフリをして、リーゼロッテが言っていると思っているのだろう。とんだ濡れ衣だ。

「駄目よ、アルフレート二世。わたくしはお食事を用意してもらえるだけで、とてもありがたく思っているわ」
『いい子ちゃんな発言! ボク、リーゼロッテのそういうとこキライだな』

 毒舌に思わず涙目になった。ベッティを見やるも、無表情で床を磨き続けている。

 荒唐無稽(こうとうむけい)な寸劇は、その後、幾日も繰り広げられた。

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