宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
      ◇
「ベッティ……!」

 いきなり飛び降りたベッティを振り返る。急に軽くなった髪に驚くも、駆ける馬上では確かめる(すべ)もない。
 揺れる背に悲鳴を上げ、頚筋(くびすじ)に必死にしがみついた。ひとりで馬に乗ったことなどない。暗闇の中、疾走する恐怖で、リーゼロッテはぎゅっと目をつぶった。

 一瞬だけ見えたベッティは、こちらに向かって何かを叫んでいた。その手に握られたのは自分の髪だったのかもしれない。遠目に輝いて見えたのは、確かに緑の力だった。

(ベッティ、どうして)

 髪を切られたこと以上に、ベッティを置き去りにした事実に恐怖した。あの神官は正気ではない。いかにベッティと言えど、捕まったら無事では済まないだろう。

 引き返したくとも馬を操ることなどできはしない。ジークヴァルトを押してでも、乗馬を習っておくべきだった。そんな後悔を今さらしても、何の意味もなかった。

 熱いはずの涙が、すぐ氷に変わっていく。ぬぐうことも叶わない。時折すり抜けた木の枝が、この体を強く打ちつけてくる。寒さで指先の感覚が失われる中、それでもリーゼロッテは振り落とされないようにと、しがみつくことしかできなかった。

(早く、早く、早く!)
 誰かに見つけて欲しかった。そしてベッティを助けに行ってもらわなくては。

 体力も限界に近づいて、いつ落馬してもおかしくなくなってくる。だが気を失っては駄目だ。ベッティを見捨てるわけにはいかない。一刻も早く向かわなければ、ベッティがあの神官に捕まってしまう。
 そのことを意識を保つ(かて)にして、リーゼロッテは闇夜を駆け続けた。

 ふと浅いまどろみに降り立つ。(だん)を求めて目の前にある温かな毛並みに、しがみつくように顔をうずめた。耳元に熱い鼻息がかかる。はっとしてリーゼロッテは顔を上げた。
 馬の背にもたれかかったまま、いつの間にか眠っていた。リーゼロッテに寄り添うように、馬は足を曲げて座っている。

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