宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 あの部屋にも来てくれていた子だ。遠慮なくリーゼロッテは、赤い実を頬張った。少し苦みの残る実は、とてもやさしい甘みがあった。
 種を口の中で転がしていたリーゼロッテの目の前を、何か(ちょう)のようなものがふいによぎった。

 こんな冬に蝶がいるはずもない。きらきらした粉を振りまきながら、それは不規則に飛んでいる。目を凝らすと羽が生えた少女のように見えて、リーゼロッテは思わずごしごしと目をこすった。

「……妖精?」

 何度見てもそう見える。目覚めゆく森の清々しさと疲労が相まって、自分はおかしくなってしまったのだろうか。

 妖精がこちらを振り返った瞬間、馬が突然駆け出した。置いていかれたことにショックを受けて、リーゼロッテは慌てて立ち上がる。
 裸足のまま追いかけるも、すぐにその背を見失ってしまった。

「馬さん……」

 呆然と立ち尽くして、途端に足が射すような痛みを訴える。雪の中を泣きながら、リーゼロッテはとぼとぼと歩いた。

(川からは離れないようにしよう)

 下流に向かって歩を進める。神殿が広いと言っても限りはある。川を目印にすれば、いつかどこかに行きつくはずだ。
 それでも雪や木々に阻まれて、川沿いを離れてしまう。途方に暮れてリーゼロッテは、来た道を戻ろうかと足を止めた。

 振り返った鼻先に、先ほどの妖精がいた。見つめ合って、ふたり同時に(またた)きをする。

 声を上げそうになるが、驚かしては可哀そうだ。近くで見る妖精は、リーゼロッテにとてもよく似ていた。長い髪は蜂蜜色で、瞳の色は綺麗な緑に輝いている。
 顔を覗き込んだまま、妖精は羽を動かしその場で滞空飛行をしている。背中に手を回して小首をかしげる仕草がなんとも愛らしくて、リーゼロッテの瞳がきゅんと潤んだ。

「あ、妖精さん、待って!」

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