宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-

第4話 遠き笛の音

 細く、刺さりそうな眉月(まゆづき)が浮かぶ空に、笛の()を響かせる。
 ほんのひと時だとしても、彼女のこころが安らぐように

 風も、虫たちも
 今だけは邪魔をしてくれるな

 そう願いながら石積みの高い(へい)を見上げ、その夜、ミヒャエルは笛を奏で続けた――



      ◇

 遅めの朝食を終え、イジドーラはゆったりと自室のソファに身を沈めていた。この時間にこうしていれば、よほどのことがない限り夫であるディートリヒが顔を出す。
 指先を広げ美しく磨かれた爪を眺めていると、控えていた女官たちが一斉に(こうべ)を垂れた。

「イジィ」

 愛称を呼ばれ優雅に立ち上がる。迎えるように手を伸ばすと、引き寄せられてその腕に収まった。頬に口づけを受けるのと同時に、女官たちが部屋から下がっていく。

「昼まではここにいる」
「まあ、王。執務はよろしいのですか?」
「あれに任せておけばよい」

 ソファに座り頬を撫でられる。ディートリヒが言うあれとはハインリヒのことだ。

「王はハインリヒに厳しすぎますわ」
「あれも(つがい)を得た。これからはあれの世だ」

 最近では王妃としてのイジドーラの公務も減っている。その分、王太子妃であるアンネマリーが(おおやけ)の場に出ることが多くなった。今こうしてゆっくりできているのも、アンネマリーが思いの(ほか)優秀なおかげだ。

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