宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-
 しかしイジドーラは思う。長い苦悩の果てに、ハインリヒはようやく欲しいものを得た。もっとふたりの蜜月の時間を作ってやりたいと思うのも、親心というものだろう。

「王はハインリヒに厳しすぎますわ」
 ディートリヒにもたれかかりながら、同じ言葉を口にする。

「すべては龍の(おぼ)()しだ」

 指先で頬をくすぐりながら、ディートリヒは(わず)かだけ口元に笑みを乗せた。いつも遠くを見据(みす)えている金の瞳は、自分に触れるときだけ幾ばくかの血が通う。

 この国の王は、その頭に(かんむり)を頂いた瞬間から人たり得なくなる。代々の王はそうして国を導き支えてきた。

 イジドーラは(さき)の王妃が好きだった。彼女の存在がいまだ胸を大きく占める。この寒い国にひとり嫁いできた隣国の王女は、美しく、どこまでも気高い女性(ひと)だった。

(セレスティーヌ様……)

 ディートリヒが王冠を降ろすそのときまで、そばで癒し支えるのが王妃である自分の役目だ。セレスティーヌが託してきたのは、(のこ)される子供たちではなく、むしろディートリヒの方だった。

「またセレスのことか? イジィはいつでも()よりもほかを大事にする」

 物思いに(ふけ)っていると、ディートリヒが少し()ねたように指の動きを止めた。最近ではそうさせるために、こんな態度をとっていなくもない。ディートリヒは次に言う自分の言葉を、たいそう気に入っているようだから。

「まあ、王、お(たわむ)れを。わたくしは王に救われました。ですから、この身が朽ちるまで、わたくしはずっと王のものですわ」

 甘えるように身を預ける。思った通りディートリヒは、その言葉に満足そうに目を細めた。

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