宿命の王女と身代わりの託宣 -龍の託宣4-

第5話 王妃の夜会

 女官のルイーズを先頭に、王妃の離宮から夜会の会場へと向かう。

 王城へと通じるこの渡り廊下は、イジドーラが公爵令嬢だったころから何度も行き来している場所だ。いずれ王妃の座をアンネマリーに譲れば、ここを通ることもなくなるのだろう。
 今日が見納めでもいいようにと、イジドーラは何気なく庭へと視線を向けた。

 庭木がさざめいた。そう思ったのも(つか)の間、来た廊下から何やら異音がした。後ろに続いていたふたりの女性騎士が、警戒するように振り返る。

「確認してまいります。王妃殿下はこちらでしばしお待ちを」

 騎士のひとりが音のした奥へと歩を進めた。残った騎士はイジドーラのそばに立ち、万一に備え(すき)のない視線を周囲へと向ける。
 その時、見に行った騎士から悲鳴が上がった。見やると廊下の奥から黒い異形が膨れ上がるように迫ってくる。

「異形の者が! 王妃殿下は先に王城へお向かいください! ルイーズ殿も早く!」

 イジドーラは力ある者ではないため、異形の姿を目視できない。王による厚い加護に守られ異形の影響も受けはしないが、異常事態に変わりはなかった。
 騎士が異形の前進を()き止めた。飲まれそうになりながらも、王妃を必死に逃がそうとする。

「王妃様、参りましょう」

 イジドーラの手を引き、ルイーズが廊下を足早に進む。この先でディートリヒ王が待っている。そこまでいけば屈強な騎士も控えているはずだ。

「イジドーラ王妃ぃ!」

 庭影から飛び出してきた何者かに、ルイーズが突き飛ばされた。やせ細ったその男は目だけが異様にぎょろりと輝き、まるで幽鬼のようにイジドーラの目には映った。

 男が腕を振り上げた。手にした短剣が鈍い光を放つ。その切っ先が自分の胸に突き立てられようとする様子を、イジドーラは背筋を伸ばしたまま目で追った。

「させるかよっ!」

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