ガラスの魔法、偽りの花嫁

第11章 炎の告白

 新作香水の発表会当日。
 デパートの特設会場は多くの報道陣と来場者で賑わい、玲奈はその中央に立っていた。

 スポットライトを浴びながら挨拶をする玲奈。
 震える声を必死に抑え、自分の言葉で香水の魅力を語る。

「……この香りは、纏う人の“本当の色”を引き出してくれる。
 私にとって化粧品は魔法でした。閉じ込められた自分を少しだけ自由にしてくれる魔法。
 その魔法を、誰かのために届けられたらと願っています」

 来場者の拍手に、玲奈の胸が熱くなった。
 だが、その視線の先――透真が会場の後方に立ち、美咲と並んでいるのが見えた。

 心臓が痛みに締め付けられる。



 発表会を終え、屋敷に戻った夜。
 玲奈は意を決して透真の部屋を訪ねた。

「……話があります」

 透真は無言で視線を上げる。
 机の上には、あの香水の瓶が置かれていた。

「どうして……どうして美咲さんと一緒にいるんですか」
 声が震え、胸の奥から炎のように熱い感情が噴き出す。
「私には“契約だから関係ない”と言うのに……! 本当は彼女を――」

「違う!」

 透真の声が低く響いた。
 その鋭さに玲奈は一瞬言葉を失う。

「美咲は関係ない。俺が作ったこの香りは……」
 言いかけた透真の声がかすれる。

 玲奈は涙をこぼしながら叫ぶ。
「じゃあ、誰のためなんですか! 教えてください……! 私には知る権利があるはずです!」



 沈黙。
 透真の胸が大きく上下し、抑えていた感情が堰を切ったようにあふれ出した。

「……お前のためだ」

 玲奈の瞳が大きく揺れる。

「最初に会った時から……お前がその香りを纏っていた姿が忘れられなかった。
 控えめで、自分を隠してばかりいるのに……香りだけが、真っ直ぐにお前の心を語っていた。
 俺は……その色を閉じ込めたかった。お前だけの香りを」

 胸の奥から吐き出された言葉は、炎のように熱く、激しい。



 玲奈は頬を伝う涙を拭うこともできなかった。
 透真の瞳が真っ直ぐに自分を射抜いている。
 冷たい仮面の奥に隠された本心――。

「……だったら、どうして今まで……」

「言えなかった。契約に縛られて、感情を口にすればお前を苦しめると思った。
 けれど……他の男と笑うお前を見た瞬間、理性が壊れそうになった」

 声が震えていた。
 普段の透真からは想像もできない、必死な声音。



 玲奈の心に炎が燃え広がる。
 疑念と嫉妬で黒く曇っていた世界に、眩しい光が差し込む。

 けれど、その光はあまりにも強すぎて、まだ信じ切れない。

「……私なんかのために?」

 透真は迷わず頷いた。

「お前じゃなければならなかった」

 その言葉は、炎となって玲奈の心を焼き尽くした。
 痛みと喜びが入り混じり、胸が熱くて苦しい。



 だが次の瞬間、透真は目を閉じ、吐き捨てるように言った。

「……だからこそ、これ以上は危険だ」

「え……?」

「俺は、お前を守るために“契約”を作った。
 これ以上踏み込めば、お前を壊してしまう」

 その声には、再び冷たさが戻っていた。

 玲奈の心は、再び揺れる。
 愛を告げられたのに、同時に距離を置かれた――。

 燃え上がった炎は、まだ鎮まることを知らなかった。
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