ガラスの魔法、偽りの花嫁
第12章 危うい抱擁
告白の夜から、玲奈の胸は落ち着くことを知らなかった。
透真の言葉――「お前じゃなければならなかった」。
その響きが心を温める一方で、直後に突き放された冷たい声が胸を切り裂く。
信じたいのに信じきれない。
寄りかかりたいのに、また拒絶されるのが怖い。
そんな迷いが玲奈を夜毎眠れぬままにしていた。
数日後、デパートのフレグランス部門では新作展示のリハーサルが行われていた。
玲奈はスタッフに交じり、ディスプレイを手直ししていたが、集中できない。
ふと背後から漂う香りに、心臓が跳ねた。
「……社長」
振り返れば、そこに透真がいた。
黒のスーツ姿の彼は人目を避けるように立ち、玲奈を見つめていた。
「一人で無理をするな」
低い声。
だが、その響きはどこか揺れていた。
「大丈夫です。私は……ちゃんとやれますから」
玲奈は目を逸らす。
本当は、彼に支えてほしかった。
けれど、弱さを見せればまた突き放される気がして。
その夜、屋敷の廊下ですれ違った瞬間、二人の肩がかすかに触れた。
玲奈の体がわずかによろけると、透真の腕が反射的に彼女を抱きとめた。
熱い鼓動が伝わる。
玲奈は息を呑んだ。
「……離してください」
小さな声で呟く。
だが透真の腕はしばらく解かれなかった。
その瞳は、炎のように揺れていた。
「……離したくない」
吐き出すような声。
玲奈の胸に熱が広がる。
だが次の瞬間、透真は苦悩に顔を歪め、腕をほどいた。
「……これ以上は危険だ」
その言葉は、前にも聞いた。
玲奈の瞳に涙が滲む。
「どうして……そんなに遠ざけるんですか」
問いかけても、透真は答えない。
ただ、夜の廊下に立ち尽くすだけ。
玲奈は自室に戻り、胸元に残る彼の体温を両手で押さえた。
熱は確かにそこにあった。
けれど、心は冷たい氷に閉ざされている。
(危険って……私と向き合うことが、そんなに怖いことなの……?)
彼の本当の心が分からないまま、玲奈の涙は頬を伝い落ちた。
危うい抱擁は、二人の心をさらに乱し、深い迷路へと導いていく。