ガラスの魔法、偽りの花嫁

第13章 囁かれる影

 初夏の夜会が開かれると聞き、玲奈は透真に伴われて会場へ向かった。
 きらびやかな照明、ドレスに身を包む女性たちの笑い声。
 その中にいると、玲奈は自分だけが透明な存在になったような感覚に陥る。

 透真は相変わらず冷静な表情で、周囲に笑みを振りまいていた。
 その横顔は完璧で、手の届かない彫刻のよう。
 玲奈の胸はじわりと締めつけられる。

(私は……ただの飾りにすぎないの?)



 しばらくして、玲奈はバルコニーへと逃げるように歩いた。
 夜風が肌を撫で、少しだけ心が軽くなる。

 そこに、柔らかな声が響いた。

「またお一人なのね。……やっぱり透真の隣は、まだ似合わないみたい」

 振り返れば、美咲が立っていた。
 漆黒のドレスに真紅のルージュ、視線には冷たい光が宿っている。

「あなた、本当に透真のことを理解しているの?」

「……私は――」

「彼がどんな思いであの香りを作ったか、知っている?
 それは私と過ごした記憶を閉じ込めたもの。……彼は、まだ忘れられないのよ」

 美咲の声は、甘く冷たい毒のように玲奈の心に染み込む。



 玲奈は息を呑んだ。
 胸の奥に積もっていた疑念が、一気に炎となって広がる。

(やっぱり……透真さんは、美咲さんを……)

 声を出そうとしても、喉が塞がれたように言葉が出てこない。
 ただ視線を落とし、震える指先をドレスの裾に隠した。

 美咲はそんな玲奈を見下ろすように微笑む。
「あなたに透真は抱えきれない。だから“契約”なんて形で縛ってるだけ」

 そう囁き残し、優雅な足取りで会場へと戻っていった。



 玲奈は一人、夜風の中に立ち尽くした。
 頬を伝うのは冷たい涙。
 心は影に覆われ、光を見失っていく。

(信じたいのに……どうしても信じられない)

 胸に残る透真の香りが、かえって苦しい。
 愛を告げられた夜の言葉と、美咲の囁きがせめぎ合い、心を引き裂いていた。



 その後、透真は玲奈を探してバルコニーに現れた。
「……ここにいたのか」
 冷静な声。だが瞳の奥にはわずかな焦りが揺れていた。

 玲奈は必死に涙を拭き取り、微笑を作った。
「少し……風に当たりたかっただけです」

 透真は一歩近づいたが、その先に言葉はなかった。
 玲奈もまた、心の影に囚われたまま、声を上げることができなかった。
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