ガラスの魔法、偽りの花嫁

第6章 誤解の炎

 雨がしとしとと降る夜だった。
 御園玲奈は、デパートの企画会議を終えて屋敷に戻る途中だった。
 タクシーの窓に映る自分の姿は、どこか疲れて見える。
 それでも――仕事で意見を求められる喜びが、心の奥で小さな灯をともしていた。

(少しは……役に立てているのかな)

 だが、その温もりは、屋敷の玄関で出迎えた侍女の言葉にかき消される。

「奥様、旦那様は今夜遅くなると……。お取引先の方とお会いになっているそうです」

「そう……」
 玲奈は微笑を作って答える。
 だが胸の奥では、ざらついた感情が広がっていた。



 翌日、玲奈は偶然その“答え”を目にしてしまう。

 打ち合わせ帰りに立ち寄ったホテルのラウンジ。
 ふと視線を横にやると、ガラス越しに見慣れた背中があった。
 篠宮透真。

 そして、その隣に座るのは――高遠美咲。

 二人はワインを傾けながら、顔を近づけて何かを語り合っていた。
 美咲の笑顔、透真の真剣な横顔。
 玲奈の心臓が痛みで跳ねる。

(やっぱり……)

 披露宴での囁きが蘇る。
 ――彼はあの香りを忘れられない。

 それが、美咲のためだったのだと確信してしまう。



 足早にその場を立ち去った玲奈は、夜の屋敷で透真を待った。
 けれど、彼が帰宅したのは深夜。
 扉が開いた瞬間、漂ってきたのは――あの香り。

 玲奈の胸が、ちくりと痛む。

「遅かったですね」
 勇気を振り絞って口にした。

 透真は視線を合わせず、上着を脱ぎながら淡々と答える。
「取引先との打ち合わせが長引いた」

「……美咲さんと?」

 その名を出した瞬間、透真の動きが止まった。
 冷たい沈黙。

「……どこで、そのことを」

「偶然、見かけました」
 玲奈は拳を握りしめ、必死に声を抑える。
「あなたが、美咲さんと並んでいるのを……」

 透真は眉をひそめたが、すぐに感情を消した表情に戻る。

「仕事だ。それ以上でも、それ以下でもない」

 玲奈は必死に笑みを保とうとした。
 けれど、堪えていた涙が今にも溢れそうになる。

「……でも、どうして私には隠すんですか」

「契約だからだ。余計な誤解を招きたくない」

 その言葉は、逆に玲奈の心を焼いた。
 ――私にとっては誤解じゃない。
 目にしたものがすべてなのだと。



 その夜、玲奈は初めて「別居」という言葉を口にした。

「……しばらく、別々に暮らした方がいいのかもしれません」

 静かな声。
 だが、透真の瞳に一瞬だけ揺らぎが走った。

「……勝手に決めるな」

「でも……あなたにとって私はただの契約の花嫁。
 なら、そばにいる意味なんてないでしょう?」

 そう言ってしまった自分の声が震えている。
 透真は口を開きかけたが、言葉は喉で止まり、結局背を向けた。

 その背中を見送りながら、玲奈の胸の中で“誤解の炎”が静かに燃え広がっていった。
< 7 / 25 >

この作品をシェア

pagetop