ガラスの魔法、偽りの花嫁

第8章 割れたガラス

玲奈の企画は少しずつ形を成し始めていた。
 会議では彼女の発言を真剣に聞いてくれるスタッフも増え、サンプル品の調香に彼女の意見が反映されることもあった。

 ――自分の言葉が形になっていく。
 その実感は、玲奈にとって何よりの力だった。

 ある夜、企画チームの打ち合わせを終えた玲奈は、担当者から軽い食事に誘われた。
「お疲れさまです。少しだけご一緒にどうですか?」
 玲奈は迷った。だが、断るのも角が立つと思い、短い時間だけならと頷いた。

 ホテルのラウンジで交わすコーヒー。
 仕事の話題に花が咲き、玲奈の頬には自然な笑みが浮かんだ。



 その光景を、透真は偶然目にしていた。

 同じホテルに別件で訪れていた彼は、ラウンジの奥で談笑する玲奈と男性スタッフを見つける。
 玲奈の柔らかな笑顔、真剣な眼差し。
 それは透真にとって、自分には決して向けられなかったもの。

 胸の奥にざらついた感情が広がる。
 怒りにも似た嫉妬が、静かに燃え上がった。



 その夜。
 屋敷に戻った玲奈は、廊下で透真に呼び止められた。

「……随分と楽しそうだったな」

 低い声。
 玲奈は瞬きを繰り返す。
「……ご覧になっていたんですか」

「偶然な」
 透真の瞳が冷たく光る。
「契約であろうと、表向きは“妻”だ。その自覚を持て」

「私は……ただ仕事の延長で――」

「言い訳か?」

 玲奈の喉が詰まる。
 誤解されていると分かっていても、言葉がうまく出てこない。



 沈黙の中、透真は歩み寄り、玲奈の腕を強く掴んだ。

「お前は……俺を侮辱しているのか」

 掴む力が痛みに変わる。
 玲奈は必死に振りほどいた。

「私は……あなたに侮辱されるほどのことはしていません!」

 透真の目が一瞬揺れる。
 だが、次の瞬間には感情を閉ざし、背を向けた。

「……もういい。好きにしろ」

 その言葉は、玲奈の胸を鋭く裂いた。



 玲奈は自室に戻り、窓辺に立ち尽くした。
 夜の街の灯りが滲んで見える。

(どうして……こんなにも、すれ違うの……)

 彼の冷たい背中。
 そして、自分の胸に残る彼の香り。

 ガラスのように脆く、繊細だった信頼は――。
 たった一夜で粉々に砕け散った。
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