ふたりだけの夜
「なぁ⋯⋯このへんでやめておけよ。飲み過ぎだって」
 尚はそう言って私からグラスを奪おうとする。
「大丈夫。もう少し飲まないと酔えないし」
 アルコールに強い体質というのも善し悪しだ。
「だからって、そんなに飲んだら体に悪いってば。もう帰ろう」
 週末で賑わう居酒屋。
 尚は、さっさと会計を済ませ、私をズルズルと引っ張るように店を出る。
「今ならまだ終電に間に合うよ。アパートまで送るから」
 気を遣ってくれているのだとしても、今の私にはそれが悲しい。
「帰りたくない⋯⋯」
「何言ってるんだよ。酔ってるだろ?まあ、あんなに飲めば、当然だろうけど」
 まだ酔ってはいないはず。
 それなのに、今の私は、自分でもちょっとどうかしていると思う。
 地下鉄に揺られ、自宅が近付くほどに、酷く気が滅入る。
 最寄り駅から10分ほど歩くと、もう私の部屋に着いてしまった。
「じゃあ⋯⋯おやすみ」
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