第四皇子推しのモブ女ですがツンデレ妖魔に溺愛されて困ってます!

第十一話 ダンスの誘い

「……ミシェル、大丈夫?」
 食堂の一角、視点が定まらず目をぐるぐるさせているミシェルに、ヒルダが声を掛ける。

 オルドに、昼を一緒に、と誘われたのだ。

 それだけだったら、適当にあしらって断ることも出来ただろう。しかし、今日はそうではない。オルドの隣にいるのは、レイドリック(・・・・・・)なのだから。

 編入生であるオルドの面倒を見る役目に就いたレイドリックは、オルドと行動を共にすることが多い。学園生活にもそこそこ慣れてきたオルドを、未だ甲斐甲斐しく面倒見ているのだ。オルドが『ミシェルと一緒に昼食を取りたい』とせがんだため、今の状況が生まれたわけだが、ミシェルにとっては好機! 少しでも沢山会話をし、自分を売り込むチャンスなのである。とはいえ、緊張が先に立ち、ちっともスムーズに話が進まない。こんな時、ヒルダは我関せずの姿勢を取るため助け舟は、ない。そしてオルドが邪魔だ。

「なんか、落ち着きがないなミシェル」
 頬杖を突くオルドにそう指摘され、
「そ、そそそそんなことないよっ?」
 と、声を裏返し、返す。

「そういえば二人って、いつから知り合いだったの?」
 ミシェルを気遣ってか、レイドリックが話題を提供してくる。有難いが、オルドの話がしたいわけではないのだ。
「ああ、俺とミシェルか? まぁ、知り合ってから長いってわけじゃないんだけどな。でも、劇的な出会いだったぜ。ミシェルが突然俺の前に現れて、」
「わー! わー!」
 手をバタバタさせ、話の邪魔をする。おかしなことを口走ってオルドが妖魔だとバレるのは困るのだ。

「なんだよ、ミシェル。照れてるのか?」
 ニヤつきながらそう言うオルドを、射貫きそうな視線で黙らせる。
「えと、簡単に言えば、困ってるオルドをちょっと助けただけ……です」
 だいぶ違うが、もう、それでいい。
「そうなんだ。ミシェルは優しいもんね」
 細い目をさらに細くして微笑むレイドリックを前に、ミシェルの脳内は大騒ぎである。

(あああ! 神! 神の笑顔だわ! 本当なら拝み倒したいところだけどそんなことしたらきっとドン引きだろうし我慢するっ。けど目の前でこの笑顔ってちょっと反則なんじゃありませんか? レイドリック様!)

「あのっ……」
「へ?」
 脳内お祭り騒ぎの最中に声を掛けられ、現実に引き戻される。見上げると、ミシェルたちがいるテーブルの隣に立っているのは中等部、一学年上のリボンの色。

「オルド様……少し、お話よろしいですか?」
 先輩なのに学年が下のオルドに対してきっちり敬語である。
「へ? 俺?」
 オルドが自分を指し、首を傾げると、

『ひゃ~~~~~! 待って待って、かっこよすぎるんだけど! え? なにこの整った顔と性格のギャップ! カッコいいのに中身少年とか、最高なんですけど! え、待って私ってばうまく誘えるかなぁっ?』

 また、例の声が聞こえてきたのだ。

「ああ、」
 ミシェルは、察した。
 どうやら既に月下の戦いは封を切られているようだ。
 そう。彼女はオルドをダンスに誘いに来たに違いなかった。

「話? なに?」
 顔だけを向け、そう口にするオルドに、女生徒はもじもじと手を忙しなく動かし顔を赤らめている。
「えと、ダンスのお相手って、もう決まってます……か?」
「ダンス?」
 月下のダンスパーティーのことだとわかると、オルドはハッキリと
「ダンスなら、ミシェル以外のやつと踊る気ないけど?」
 と答えたのである。

「ちょっとぉ!?」
 ガタン、と立ち上がるミシェル。隣でヒルダが心底楽しそうに『ぷっ』と吹き出す。
「ミシェル……メリル」
 女生徒がギリ、と歯を食いしばりミシェルを睨んだ。
「ちょっと待ってよ! 私はそんな約束してないしそんなつもりもないっ」
 慌てて否定するも、断られた女生徒は目に涙を浮かべ、その場から去ってしまった。

「……あああ」
 頭を抱え、座る。
「あん? なにか問題あるか?」
 いつもの調子で聞いてくるオルドに、レイドリックが言った。
「オルドはミシェルと踊りたいんだ?」
「当然だ!」
 言い切るオルドと、受け入れるレイドリック。

『僕も誘いたいけど……』
 ピクッとミシェルの肩が震える。この声は……レイドリックの心の声。
『無理だよなぁ』
 ふと顔を上げると、レイドリックが遠くを見つめている。その視線の先に誰がいるかを、ミシェルは知っている。胸が、痛い。

「おい、じゃ、あの行列って……」
 食堂の一角、女子が群れを成している場所がある。その先頭にいる頭一つ出ている人物は、間違いなくイリオン・フレストその人だろう。美しい金髪が離れていてもよく見える。
「ああ、今年もすごいなぁ、イリオン様は」
 クスクス、と笑いを漏らすレイドリック。しかし、その列の真ん中にはラスティの姿も見えるわけで……。

「へぇ、あいつ人気あんだな」
 今更な話をするオルド。
「そりゃもう凄いわよ。去年なんか怪我人まで出ちゃって、結局イリオン様は誰とも踊らなかったんですもの」
 他人事のようにヒルダが補足する。
 女子の争いは激しい。去年、初めての月下のダンスパーティーで、ミシェルは女の怖さを思い知ったのだ。

「あのっ! オルド様っ」
 見上げると、ミシェルたちが座っているテーブルにも列が出来ていた。
「うわぁ……オルドもすごいじゃん」
 ヒルダがそう言ってメガネをクイッと上げた。これから繰り広げられるオルド争奪戦を前に、ワクワクしているに違いない。ヒルダはこうして周りのいざこざを観察するのが何より好きなのだった。

「じゃ、僕は席を外すね」
 そう言うと食器を片手にレイドリックが立ち上がる。ヒルダがすかさずミシェルの脇腹を肘で突いた。
「え、あ、私もちょっと用があるから先に」
 そそくさと立ち上がり、レイドリックの後を追う。
「え? おい、ミシェル」
「はいはい、あんたはこの列を捌いてね」
 席を外そうとするオルドをヒルダが引き止めた。
(この機を逃さないでよ、ミシェル!)
 心の中で、健闘を祈った。

*****

「あれ? オルドはいいの?」
 女子に取り囲まれているオルドを指し、レイドリックが心配そうな声を上げる。
「え? ああ、大丈夫です! ……多分」
「そう? ミシェルはオルドとダンスするんじゃないの?」
「いえ、全然!」
 速攻完全否定だ。

「オルド、いい奴なのに。ミシェルはオルドが好きなわけじゃないんだね」
 意外そうにそう言われ、こちらも意外そうに返す。
「なんで私がオルドを? 好きになる要素がありませんよ、全然っ」
「あはは、そこまで言う? だってほら、オルドってカッコいいじゃないか」
 同じ男子から見てもそう見えるのだろうか。それとも一般論を述べているのだろうか。どちらにせよ、それは……
「まぁ、そうかもしれませんけど、女性が必ずしも外見でモノを判断するわけではございませんわっ」
 キッパリと言い放つ。
「そうだよね。うん、ごめん」

(あああああ! 反省してるレイドリック様もカッコいい! というか、ごめんとか言わせちゃったじゃない! やだ、どうしよう!)

 気付けば二人、並んで歩いているのだ。ミシェル的にはもうこれがバージンロードならいいのに! くらいの勢いである。

「あ、あのっ」
 ここで勇気を出さなくていつ出すというのか! ミシェルは拳を握りしめ、じっとレイドリックを見つめた。
「ん?」
(ちょ、待って! 今の『ん?』って何もう最高なんだけどっ。ああ、私の推しは今日もべらぼうに素敵で意識飛んじゃいそう!)
 を、0.1秒で脳内再生し、続ける。

「私とダンスを……、」
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