第四皇子推しのモブ女ですがツンデレ妖魔に溺愛されて困ってます!

第十二話 月下のダンスパーティー

 会場には、この日のために用意された煌びやかなドレスに身を包んだ令嬢と、そんな令嬢を眩しそうに見つめる令息がひしめき合う。カップルになった二人はぎこちなく手を取り合い、お互いを見つめ、カップルにならなかった者たちは飛び入りの相手を探すのに抜かりがない。

「結局、あんたはこれを選んだわけね」
 ヒルダが息を吐きながらあきれた声を出す。
「仕方ないじゃない。これが一番平和的解決だわ」
 イリオンからの誘いも、もちろんオルドからの誘いも受けない。そしてレイドリックには、踊ってくださいとは言えなかった。

 あの時……途中まで出かかった言葉を、ミシェルは飲み込んでしまったのだ。レイドリックの声を、聞いてしまったから……。

『あ、ラスティ泣いてる。……そうか、イリオン様にちゃんと言えたんだな。でも、ダメだったんだ。うん、でも偉いな。何もしないで見ているだけの僕とは違う……』
 ミシェルはその声を聞き、思わず言ってしまったのだ。
「レイドリック様は、どなたかを誘ったりはしないのですか?」
 と。

「え? 僕?」
 急に矛先を向けられ慌てた様子のレイドリックに、ミシェルは言った。
「もし一緒にダンスをと思っている方がいらっしゃるのでしたら、どうか結果など気にせず思いを伝えてくださいね。私、レイドリック様を応援しますので!」
「……ありがとう、ミシェル。君にそう言ってもらえると、なんだか心強いな」

 バカである。
 ここは傷付いているレイドリックの心につけこんで、優しくするふりをしながら自分をアピールしてゴリ押しするのが正しいのだ。そんなこと、わかっている。
 わかっていたのに……。

「だって好きな人には、笑っててほしいじゃない……」
 そう呟くと、制服のまま腕に腕章をつける。

「ヒルダは私に合わせることなかったのに」
「あんたが出ないっていうなら仕方ない。私だって付き合うわよ」
 腕章には『実行委員』と書かれている。

「おーいミシェル、集合だってよ」
 遠くから声をかけてきたのはオルドだ。彼もまた、腕章をつけていた。
「今行く~!」
 初めのうちこそ、ダンスダンスと騒いでいたオルドだったが、なにしろ彼は何百年の眠りから覚めた妖魔である。学園生活というものを純粋に楽しんでもいるのだ。実行委員も、しかり、である。

 更に、

「遅いですわっ。早くこれを運んでくださらないっ?」
 エリシアまでもが実行委員。理由は簡単だ。
「ああ、やっと来たね俺のオレンジピール」
 これである。

「もぅ、イリオン様はあちら側に行けばよかったんですよ?」
 ミシェルが何度目かわからないセリフを口にするも、
「どうでもいい誰かとダンスを踊るより、俺のミルクプリンとこうして同じ空間にいることのほうが大切さ」
 パチ、と片目を閉じて見せる。

『きゃぁぁっ。イリオン様のうううううウインクですわっ。ああ、この子狸ったらムカつきますけど、こういうレアなイリオン様を間近で見られるのは幸せですわねっ』
 利用価値あり、と判断したエリシアである。

「音楽が鳴ったら、開始だとさ」
 オルドに手渡された籠を持ち、頷く。

 パッとあたりの明かりが消え、会場がざわつく。次の瞬間、ステージに明かりが灯り、音楽が鳴った。
「今だ!」
 オルドの合図で手にした籠の中に入った紙吹雪を舞台めがけて降らす。
 ひらひらと舞い散る紙吹雪に、会場からわぁぁ、と歓声が上がった。

 月下のダンスパーティーの始まりだ。

 流れる音楽、たどたどしくダンスを始める若いカップルたち。軽食なども用意されている会場。賑やかで、晴れやかなレグラント校の祭りである。

「うわぁ、あそこの二人、ダンスがうまい!」
「おい、あっちはボロボロだぜ!」
 ミシェルとオルドが舞台を見てはしゃぐ。
 その視線の端に、レイドリックの姿も見える。ぎこちなくエスコートしているお相手は、ラスティだ。

「……俺、やっぱりミシェルと踊りたかったな」
 オルドが、きゅ、と手を握りミシェルを見つめた。
『ミシェル可愛い。好きだ。このまま一生俺の隣にいてほしい。いや、絶対離さないっ。ミシェルと両思いになって愛を知って人間になってやる!』
 エメラルド色の瞳がキラキラと輝く。最近オルドは自分の美しさをうまく使いこなすようになってきていた。あざと男子誕生である。
「くっ……そんな顔に屈する私ではないわ!」
 そう言ってオルドの手を放す。
「ちぇ、手ぐらい繋いでもいいだろう~?」

「聞き捨てならんな、オルド!」
 横から割って入ってくるイリオン。
「ダンスなら俺が先だ。ベイクドチーズケーキ、いっそここで踊ってしまおうか?」
 イリオンがミシェルの手を取りくるりとターンさせる。
『あああ、くるくる回るミシェル嬢の可愛さは各別だっ。頭からがぶりと食らいついてしまいたいよ、マロングラッセ!』
「ちょ、駄目ですよイリオン様」
 回りながらミシェルが窘めると、

『キィィィ! あのイモ女ぁぁぁ!』
 エリシアの思念がとんでもない音量で聞こえてくる。
「ヤバ!」
 走ってくるエリシアの顔は鬼の形相である。しかしそれに気づかないイリオンは楽しそうにミシェルの手を取って離さない。そのうちに腰に手を回され、ダンスを始めてしまった。制服のまま、ステージの脇でひらりと舞う。

「あ、ずりぃ!」
 それを見たオルドがすかさずミシェルを奪い返し、腰に手を回し踊り始める。
「楽しい! やっぱこうでなくちゃな!」
 笑顔で踊るオルドは、本当に楽しそうである。

「おいっ、マイスイートビスコッティを返せ!」
 手を伸ばすイリオンを横からガッと捕まえたのはエリシアだ。
「イリオン様、抜け駆けはよろしくありませんわっ」
 無理矢理ペアを組むと、優雅にステップを踏む。あまりにも自然なその動きに、イリオンも逆らえず流れるように踊る。
「あはは、エリシアすごいっ」
 ミシェルがそれを見て笑う。

 なんだかよくわからないうちに、四人は代わる代わるペアを組みダンスを楽しんでいた。中でもオルドとイリオンのペアは最高に美しかった。金の髪と銀の髪が美しく揺れ、まるで絵のようだ。

『それはそれで、アリだわ……』
 どこからかヒルダの声が聞こえる。

 月下のダンスパーティーは、こうして幕を下ろしたのである。

*****

「……めちゃくちゃ楽しかった」
 片付けもあらかた終わったころに、ぽつりとオルドが呟く。
「うん、そうだね、楽しかった」
 ミシェルもそう返す。

「……俺さ、あの本に封印されてる間ずっと、長い間ずーっと外の世界を夢見てた」
 しみじみと、噛み締めるように話し始める。
「俺の伴侶になる人はどんなだろう、とか、外の世界はどんなだろう、とか」
「うん」
「だから、今、すごく楽しい」
 そういって無邪気に笑うオルドを見て、ミシェルはクスリと笑う。
「そっか。そうだよね」

 オルドの恋心が本物であるかどうかは別として、今のオルドの言葉は紛れもなく本物だろう。焦ることはない。オルドのこれからの事(・・・・・・)は、ゆっくり考えればいいのだ。
「俺、ミシェルに好きになってもらえるように頑張るからさっ、だから……」
 すっと体を寄せ、ミシェルの顎に手をかける。
「ふぇ?」
 彼が何をしようとしているのか理解するまでに数秒掛かってしまった。
「覚悟して」
 顔に息がかかる。
 オルドの唇が、触れた。

「ひゃぁぁぁ!」
 慌てて飛び退くミシェル。

『決まった! 俺、今のめっちゃかっこよかっただろこれっ。ちゅーしたっ。ミシェルのほっぺに、ちゅーしてやったぞこらぁぁぁぁ!!』

 目の前には、耳まで真っ赤に染めたオルドが精いっぱいかっこつけたポーズで立っているのだった。



一旦FIN~
 
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