双子の悪女の身代わり〜実は私が創世の聖女です〜
私も貴族社会の礼儀を学んで知っている。
 帝国の皇子とは、国の国王にも匹敵する尊重すべき相手なのだ。
 だから彼に跪かれてまで懇願されてダンスを断る選択肢はない。

 「光栄です。ルイス皇子殿下⋯⋯」
 私は彼の手を取って2曲目を踊り出した。

 彼の左手が私の腰に周り、過去に彼に迫られた恐怖が蘇った。

 本当は、彼に突然口づけされたときも、ベッドで覆い被さって来られた時も怖かった。
 それでも、セルシオを蘇えらせたいという強い意志を持っていたから、冷静でいられただけだ。
(アリアお姉様にも、きっと沢山怖い時があったはず⋯⋯)

 私は姉を憎まないで済む理由をまた探していた。

 姉は好きでもない男に嫁がされ、その身を好きにされる時をずっと過ごしてきたのだ。
 震え上がる程の恐怖を何度も味わっただろう。

「そんなに僕が怖いのか? 泣きそうな顔をしている⋯⋯」
 突然、ルイス皇子から囁きかけられて私は顔を上げた。

 私の知っている彼はいつも冷たい目をしていたのに、今は愛しむような優しい目をしているように見える。
 その目に安心して私はつい心の内を話していた。

「私の正体を知ってますよね。姉は今どこにいるんでしょうか。私は上手くやれているんでしょうか⋯⋯」

 姉の行方がわからない。
 私は彼女のことが心配になっていた。

 彼女の護衛騎士のモンスラダ卿を連れてきたが、もしかしたら彼は彼女に取って大切な人で奪ってはいけなかったのではないかと考え始めていた。

 モンスラダ卿は一向に私に心を開かず、やり取りも最小限だ。

 彼はいつも無表情で感情は読めないけれど、明らかに心ここにあらずな時があるように見えた。

 彼はおそらく姉がシャリレーン王国にいた時からずっと連れ添っていた人だ。
 彼自身、言葉にしなくても姉が心配で側にいたかったのかもしれない。

「まだ、彼女はカルパシーノ王国にいるよ。それから、君はもっと強かに立ち回った方が良い。美貌に隠された強かさと、抜群の賢さで人を惹きつけるのがアリアドネだ」

 私はルイス皇子の言葉に思わず顔をあげた。

 私は前回追い詰められた時、姉は寝所で男を惑わす女だけではないと知った。
 ルイス皇子はそんな姉の凄さに気がついているようだった。

「嬉しいです。ルイス皇子殿下! アリアお姉様のことを理解して頂けているのですね。私も知りたいです彼女のことを⋯⋯」

 ルイス皇子は何も答えてくれなかった。
 私は彼とアリアドネが通じていたことを知っている。

 その2人のつながりが、セルシオとカルパシーノ王国を滅ぼす運命に結びつく。

 それでも、誰もが高級娼婦と変わらないと陰口を叩いている姉の賢さを知ってくれている人がいることが嬉しかった。

「良い時間でした。ルイス皇子殿下、私も本当は貴方にも幸せになって欲しいのですよ」
 私は曲が終わると共に、彼に気持ちを伝えた。

 セルシオの為に彼を生贄にした。

 彼は婚約者がいながら私に手を出そうとしたクソ皇子だが、その女好きは死罪が相当するものではない。

 私はルイス皇子から離れると、バルコニーに出ようとしている彼の婚約者を追った。

「レイリン・メダン公爵令嬢!」

 声をかけて振り向いた彼女は涙を流していた。
 鼻が赤くなっていて、寒そうだ。
 
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