明日からちゃんと嫌いになるから
まず相原家側が、正樹のことと家のこと、病院や家族構成などを六花に話してくれ、その後孝典が宮下に関することを相手方に話しはじめる。

「真由美は後妻で六花と血の繋がりはありませんが、娘に本当によくしてくれて、実の母子以上に仲がいいんです。自慢の妻と娘です」

父はそういう人だ。いつも外で真由美を褒めている。もちろん、家の中でも。だから六花のために愛のない結婚をしていたなんて思いもしなかった。

この二人は、死ぬまでこの調子で演技を続けるのかもしれない。

そして事実を知っても六花は真由美への好意を持ち続けている。泉も父と同じようなことを言っていたし、疑うことは無意味だ。

むしろこんなによくしてくれてという感謝が、一層深まっていた。

真由美は三年前に一度体調を崩して、今は寛解状態にあるが再発がないわけではない。

父といれば最高の医療を受けられるのは間違いないので、両親はこのままでいるのがきっと一番だ。

だから六花は父の言葉に、ただ頷いて同意した。

「確か、奥様には……その、息子さんもいらっしゃると聞いておりますが……」

正樹の母親が、様子を伺いながら訪ねてくる。真由美はそれに、にこやかに応じていた。

「はい、前の夫とのあいだに息子がおります。学業を終えるまでは宮下におりましたが、今は私の実家である柴田の籍に入っておりますので、現在宮下を引き継ぐのは六花さん一人です。ご安心くださいね」

世の中は、すべて六花の都合のいいようにできている。本来いなかったはずの母親ができ、兄ができ……それなのに、家の跡取り問題が発生する前に役目を終えた兄が消えた。

真由美が……そして泉が整えてくれた世界だ。うんざりするほど優しくて、そろそろ溺れて沈んでしまうかもしれない。


両家で食事をしたあと、真由美から「お庭の散策でもしてきたらどう?」と提案があった。

これが世に言う「あとは若い人同士で」の流れか……。ドラマや映画の中で見たことがある展開に「本当にやるんだ……」と、六花はいっそ感心してしまう。

正樹と一緒に日本庭園へ出て、池の前に並んで立ちながら、とりあえず錦鯉を眺めてみる。さて、なにから話せばいいのだろう……。今の自分たちのあいだの共通の話題はひとつしか思い浮かばない。

「あの……、私の父は、外ではそんなに怖い人ですか?」

お互いに関わりがある唯一の人物だから、まず父について尋ねてみた。すると正樹は「ブッ」と吹き出して苦笑する。

「いや、そんなことはありませんよ。理事長先生は温和なかたです。もちろん医師として尊敬しております。ただ立場が違いすぎて……汗が出たり顔が固まってしまったりするのは、どうにもなりませんね」

さっきまでの緊張した様子から一変し、ごく普通の人のよさそうな笑みを浮かべた正樹を前に、六花は胸をなで下ろした。

両家の対面では、正樹は挨拶のときに微笑んでくれただけで、あとは硬い表情をしていた。ちょっとロボットみたいな人だなぁなんて思っていたけれど、今は違った。

ごく普通に柔和な笑みを浮かべて、ますます目元の皺を深くしている。それがとても穏やかで優しそうに見えたのだ。

「では、慣れてくださいね。これから……」

六花はこの縁談を、自分から拒否しない。正樹もきっとこの話を受けた時点で覚悟があるはずだ。……そう思っていたのに、六花の言葉を聞いた正樹は、ちょっと意外そうな顔をした。

「六花さん。……そう、お呼びしても?」

「はい」

「六花さんは、嫌ではないのですか? この縁談。私は秋には三十三になります。あなたより八つも年上だし、ものすごくなにかに秀でているわけでもありません」

「……? 正樹さんは、父が後を任せたいと思うほどの優秀なお医者様だと聞いております」

「そう思っていただけるのならありがたいですが……。仕事のことではなく、もっと容姿に恵まれている人がよかったとか、年が近いほうがよかったとか……そういう願いは六花さんにはなかったのでしょうか?」

問われ、考えてみる。年齢差についてはなにも思うところはない。父ほど年が離れていたらさすがに嫌だが、正樹を前にして、いいも悪いも感じない。

容姿もそうだ。不潔な人は嫌だけれど、今日正樹はこざっぱりとしていて不快なところはない。

「私はただ……優しい人であればいいなと思っていました」

さっき彼が笑ったとき、大丈夫だと思えた。それに今も六花の考えを……心の内側を知ろうとしてくれた。

だから正樹は六花の「結婚相手」として譲れない条件を満たしている。

「そうですか……」

正樹は納得していなそうだ。なにがダメなのだろう。答えを間違えているのだろうか? 六花は正樹の表情をじっと観察したが、よくわからなかった。

ただ、彼が縁談に対して慎重な姿勢であることはわかった。
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